「義母は『合格』だったのか?」|モラハラに気づくまで Vol.20

モラハラ

「嫁審査」というものさしを、他の人にも当ててみる

前回の記事で「嫁審査」という言葉について書いた。

今、私が分かっている「嫁審査」の基準は、家事ができるかどうか、家がそれなりに裕福かどうか、この二つだった。その基準を元夫の一番身近な女性、義母にも当てはめてみたら、どうなるのだろう。ふと、そんなことを考えた。

義母は料理が得意ではない。家事の中の料理が不得意、その点だけを考えれば、不合格だったのではないかと思う。だからこそ、元夫は私に、自分の母とは違うもの、料理ができるということを求めていたのではないか。そう考えると、ふと疑問が浮かぶ。

元夫は、自分の母には求めなかったものを、なぜ私にだけ求めたのだろう。

それでも「合格」だったもの

私自身のことを、元夫が人間性という物差しで見ていたのかどうかは、分からない。

私自身は、人間性を一番重要だと思っていたが、元夫の中にそういう基準があったかどうかは分からない。私は、相手の人間性を見て結婚を決めたつもりでいた。その審査眼は当てにならなかったのだが。

元夫が私の何を見て結婚を決めたのか、今となっては分からない。もしかしたら、人間性という物差しは、私だけが持っていたものだったのかもしれない。

義母は、穏やかで優しい人だった。会えばいつも気にかけてくれたし、無下にされたことは一度もない。人柄という点では、十分すぎるほど「合格」だったのだと思う。料理という一つの物差しだけでは測れないものが、義母にはあった。

その穏やかさや優しさは、私が持ち合わせていないものだったのかもしれない。

私は、思ったことをはっきり口にするタイプだったし、理不尽なことには反論していた。納得できないことは、そのまま飲み込めなかった。

元夫が本当に求めていたのは、義母のような、穏やかで従順な人だったのではないか。そう考えると、腑に落ちることがある。

もちろん、元夫が「従順な女性がいい」と明確に考えていたのかどうかは分からない。

ただ、女性は自分の言うことに従うもの、自分の思うように動くもの。そんな感覚が、無意識の中にあったのではないかと思う。そういう穏やかで優しい女性たちに囲まれて育った元夫には、「女性とはこういうものだ」という思い込みがあったのかもしれない。

妻にも、母と同じように、自分に合わせてくれることを無意識のうちに求めていたのではないか。それが元夫にとって、「従順」というものだったのかもしれない。義母は元夫のことはなんでも受け入れていたように見えた。一緒に暮らしていたわけではないので、本当の姿は知らないが、私にはそう見えていた。

結婚した当初の私は、まだ若く、社会経験も少なかった。だから、何となく元夫の言うことを聞いていた部分もあったと思う。ただ、母になり、働き続け、一人で家庭を回し続けるうちに、私はどんどん強くなっていった。

理不尽なことには反発するし、自分の意見も言う。間違っていることは、間違っていると言う。

元夫に家事も育児も押しつけられ、その上に無関心。そんな環境で働き続けていれば、私でなくても強くなっていくのは当たり前だと思う。

自分のことだけを考えていればいい生活ではない。仕事もして、子どものことも考えて、家のこともやらなければならない。自分で判断して動く、ギリギリになって助けを求める。そんな状況が続いていた。私にとっては一人で頑張る、一人で家庭を回すことが日常だった。

いつまでも誰かの言うことを聞いているだけではいられない。私は、元夫との結婚生活の中で、そうやって自分の意見をはっきり言うようになっていった。

私が変わったというより、私が置かれていた環境が、私を変えていった。それなのに、元夫はいつまでも、最初の頃の私に対する自分の基準を変えなかった。

「嫁審査」の本質は、家事能力ではなく「コントロールしやすさ」だった

元夫が私に求めていたのは、義母のように穏やかで、自分に合わせてくれることだったのかもしれない。私が料理をすることや家事ができることは、その条件の一つだった。

それ以上に、自分の言うことを聞いて、自分の思うように動いてくれることを求めていたのではないか。

それは分からない。元夫自身が、そこまで自覚していたのかも分からない。

ただ、結婚生活を振り返ってみると、私が自分の意見を言うようになるほど、元夫との関係はうまくいかなくなっていった。私は、元夫の母でもないので、無条件で元夫の意見を受け入れることはできない。

元夫は、そんな「本当の私」を、最後まで見ていなかったのではないかと思う。

私は、元夫にとって本当に「私」という一人の人間だったのだろうか。それとも、自分の生活を支えてくれて、自分の思うように動いてくれる人だったのだろうか。

そう考えると、前回の記事で書いた「嫁審査」という言葉も、少し違って見えてくる。

審査されていたのは、料理ができるか、家事ができるかだけではなかったのかもしれない。

自分にとって都合のいい女性なのか。

もしかすると、元夫が見ていたのは、そこだったのかもしれない。

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