「私が家事ができるから結婚したの?」|モラハラに気づくまで Vol.19

モラハラ

「外で食べたい」は聞き入れられなかった

一人暮らしをしていた元夫の家で、私が初めて作った料理はカレーだった。元夫の家で過ごしていたとき、お腹も空いたし、ちょうど食事の時間だったので、「何か食べたい」という話になった。

私は「どこか食べに行こう」と伝えた。一方で元夫は「なにか作ってほしい」と言う。

すごくお腹が空いていたし、食材もないのに、食べに行った方が早い。それなのに元夫は「どうしても何か作ってほしい」と言っていた。

押し問答の末、私が折れ、結局、ご飯を作ることになった。

元夫の希望でカレーを作ることになった。材料もないので、そこから買い出しに行くことになった。

買い出しに行くぐらいなら、食べに行った方がよっぽど早い。それに、他人の家に来て、なんで私がご飯を作らなくちゃいけないんだろうと思っていた。自分の家でもないところで料理をすることに、気が進まなかった。

料理をすること自体が嫌だったわけではない。私はもともと料理が好きで、家でも家族の分を作ることが多かった。

ただ、一度作ってしまったら、それが当然になってしまうような気がしていた。

当時、友人同士の間でも、「交際相手のためにご飯を作ると、それが当たり前になるからやめたほうがいい」という話をしていた時だった。私も同感だったので、余計に気が進まなかった。

結婚相手でもないのに、元夫の家で私が料理をする必要性を感じなかった。それでも、押し問答の末に作ることになった。

私はいつものごとく、パパっとカレーを作った。その様子を見て、元夫は「え?もう作ったの?めちゃくちゃ早い!」と驚いていたのを覚えている。

たかだかカレーを作るぐらい、誰が作っても同じなのに、何をそんなに驚くんだろう?と、私を褒めあげ、この後も作ってもらう作戦だったのかもしれない。

「お腹がすいている」という私の気持ちは置き去りにされ、私がキッチンでカレーを作ることになった。そして、元夫はテレビを見ながら、ゆっくりくつろいでいる。

カレーぐらい元夫だって作れるはずなのに。そしてそこは元夫の家なのに。

この時点ですでに、私がどうしたいのかということより、元夫が「こうしてほしい」ということの方が優先されていたのだと、今になって気づいた。

一度作ったら、それが当然のこととなった

最初のカレーを一度作ったことをきっかけに、その後もなんとなく家で私が料理を作る流れになっていった。

元夫の仕事が遅い時には、私が当然のように食事を作っていた。外へ食べに行くのは出かけた時だけで、それ以外は、元夫の一人暮らしの家で私が作って食べることがほとんどだった。

最初に感じていた「一度作ったら、それが当然になってしまうのが嫌だ」という感覚は、結果的にその通りになってしまった。

その時からすでに、私はキッチンで料理をする人、元夫はその間にゆっくりくつろぐ人、という構図ができていたのかもしれない。

その後、私が作った料理の中でも、元夫が特に気に入っていたものがある。

回鍋肉とエビチリ。

もちろん、いわゆる「○○の素」のようなものは使わず、一から作っていた。元夫は、それを食べて「めっちゃうまい」と、とても驚いていた。そのことは、その後も何度か話していたように思う。

私にとっては、料理をすることは日常のことだった。家でも私が休みの日は夕食を作ることが多く、「まりちゃん、今日のご飯なに?」と、当時働いていた実母がよく言っていたことが懐かしい。

私には当たり前のことが、元夫にとっては特別なことだったのかもしれない。

なぜ?食材の費用は割り勘?

元夫の家でご飯を食べる時の食材、調味料は完全に割り勘だった。

料理を作るという行為を私が無償で提供する。元夫は私の倍食べる。そして残ったものを翌日、元夫が食べる。それなのに、食材費は完全な割り勘だった。

この時は気づかなかったが、自分の食事を無償で提供してくれる私への労いは一切なかった。

そんなことにさえ、気づけていなかった。

私自身ではなく「私が何をしてくれるか」

私は元夫より6歳年下の22歳で、まだ社会経験も少なかった。元夫からすると、「思い通りに動かせる人」だと思っていたのではないか。そうさせたかったのではないかと思う。

そんな訳もなく、自分の意見もあるし、やりたいこともある。その日の私だって、「外へ食べに行きたい」と言っていた。それなのに、元夫は私を説得して料理を作らせた。その時、何かしら手伝うわけでもなく、元夫は一人でのんびりテレビを見ていた。

自分の家なのに、他人である私にご飯を作らせて、自分はゆっくりくつろいでいた。

当時は、そんな関係性について深く考えたことはなかった。今になって振り返ると、あの時のやり取りには、その後の関係性につながるものがすでにあったのかもしれないと思う。

ここまで過去を振り返ってみて、今になって一番気になるのは、元夫が私自身を見ていたのかということだ。

私が何を考えている人間なのか。何をしたいのか。何をされたら嫌なのか。どんな生活をしたいのか。どんな夫婦になりたいのか。

そういうことを知ろうとしていたのだろうか。

それよりも先に、「自分にとって私は何をしてくれる人なのか」という見方をされていたのではないかと思う。

6歳年下で社会経験も浅く、思い通りにできる。料理などの家事ができる。自分のためにご飯を作ってくれる。そんな条件が、元夫にとって都合よく重なっていたのではないか。

私は、本当に「私という女性」として選ばれたのだろうか。

いわゆる「嫁審査」

ここまで考えると、ふと「嫁審査」という言葉が浮かんだ。

私の意思とは関係なく、いつの間にか審査され、合格通知が渡されていたのかもしれない。まだ他人だった私に、いつの間にか「嫁候補」という肩書きが与えられていたのかもしれない。

私は、妻のことを「嫁」と呼ぶ男性に嫌悪感を感じる。なぜ、そう感じるのか?それは次の記事で書こうと思う。

これは、今の私が当時のことを振り返って感じていること。ただ、結婚前からの出来事を一つひとつ思い返してみると、そう考えてしまう。

気がつけば、元夫の中にあった「嫁」のイメージに、私が当てはめられていたような気がする。

「私が家事ができるから結婚したの?」この疑問は、あながち的外れではなかったのかもしれない。

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