自分の性格が悪いと思っていた
元夫のその時代錯誤な「家長」という考え方に違和感を感じ続けていたが、そもそも、もっと根本的な要因があったのだと思う。
私は元夫と婚姻生活をしていた頃、ずっと話が通じない、噛み合わない人だと思っていた。
何を話しても噛み合わない。考え方が合わない。何か違和感がある。そんなことを何度も感じていた。
その違和感が何なのか、当時の私は言葉にできなかった。
元夫に反論することも多く、不満ばかり言っていた。多分、口を開けば愚痴だったと思う。そういう私は、わがままで未熟な人間なんだと思っていた。自分が悪いのかもしれないと思っていた。
何を話しても伝わらなかった

「体調が悪くてしんどい」と訴えると、「俺もしんどい」と返ってくる。
「疲れすぎて家事が大変」と訴えると、「俺も疲れている」と返ってくる。
私は、元夫に何かを伝えようとすると、いつもオウム返しだった。自分に都合の悪いことは、何でもオウム返し。壁に向かって話をしているのと同じ。空気に向かって話をしているのと同じ。そんな思いを抱えていた。
違う。山びこ状態だ。「やっほー」と言えば「ヤッホー」と返ってくる。自分が吐いた言葉が返ってくるだけだから、対する相手はいないんだ。そう表現するのが正しいと思う。
私が伝えたかったのは、「しんどい」という事実だけではなく、「少し助けてほしい」という気持ちだった。その思いが伝わることはなかった。
私は、自分の体調やしんどさを認めてもらい、少しは家事や育児に協力してほしかった。同じ家庭を営む立場なのだから、協力するのが当然と思う私の考えは間違っているのか。私がわがままなだけなのか。
配偶者だから?母親だから?そういう立場だから、大変だと思うことが甘えなのか?大変なことをすべて一人で担うのが当たり前なのか。
私に体調が悪いなどの事情があっても、這いつくばってでも家事や育児をこなすのが当たり前なのか。
実際にインフルエンザにかかっても、39度を超える高熱が出ても、ふらつきながら子どもたちの世話をしなければならなかった。私も人間として、体調を崩すことがある。体調を崩せば通常通りの生活を行うこと、育児をすることが大変になる。そんなことさえ理解してもらえなかった。
それなのに、元夫は自分がインフルエンザにかかると、きちんと寝込んでいた。「あれ?この人は自分がインフルエンザになったら寝込むんだ?」そんな元夫を横目に、白けた目で見ていた。「こんな人、誰が看病すると思う?」心の中でつぶやいていた。
私は体調が悪くても、元気なときと同じように生活し、家事や育児をこなすことが当たり前だった。私はそれを強いられる立場なんだ。頼ろうとした私が間違っている。そう理解することとした。
そうはいっても、心と体には限界がある
何度も、「私は人間です」と訴えた。体調や感情によって全部できないことを伝えたかった。それなのに、私のその訴えに対して「俺も人間」そう返ってくる。
私が伝えたかったことは、全く伝わらなかった。
違う。言葉としては伝わっている。「ワタシハニンゲンデス」その言葉は、日本語として伝わっている
その背景にある『人間だから疲れるし、体力にも限界がある。いつも同じようにできるわけではない』。といういう言葉に含まれている思いを伝えることができなかった。
おうむ返しのやり取りが続くこともあれば、一方的に攻め立てられることもあった。子どものことにで問題が起こると、「母親の仕事だろ」「愛情不足だからこうなる」「お前がちゃんとしてないからだ」とネチネチと説教される。
「父親に責任はないと言えるのか?」と、私がそう問いかけると、元夫は「父親には責任はない」そう断言した。「本気でそんなことを思っているのか?今まで育児に関わって来なかったのに?」と再び問いかけると、「父親には一切責任はない」そうきっぱりと言い切った。
なんでも私に丸投げで、責任も私。何か起これば、それも私。
私は正社員としてフルタイムで働き続けていた。そういう事実は考慮されることもなく、働いていようがいまいが関係なく、全部を一人で背負うことが当たり前だった。私の仕事のことは、「大した仕事でもない」「大した稼ぎでもない」そう言われ続けていた。
多分、私が趣味程度で働いている、そんな認識だったと思う。
お金のことも同じだった。家計のことを話そうとしても、「任せてあるだろ」と。それ以上、話が進むことはなかった。実際の家計簿を見せて説明しても、その思いが元夫に届くことはなかった。
「任せてあるなら、お小遣いの額は私が決める!今月から◯◯円下げます!」そう伝える頭が回らなかった。
体調を崩して退職した元夫を一年近く私の扶養に入れた。住宅ローンは、私の収入を合算しなければ希望額を借りることはできなかった。
そういう事実はなかったことにされ、話題にすらのぼらない。
この不公平さは何なんだろう。そう思う私が甘いのか。ずっとモヤモヤしていた。
私の収入を大したことがないと見下していたにもかかわらず、私が昼逃げをすると、「妻は稼いでいた」と主張し、私が築いた財産の分与を求められた。
矛盾することがたくさんあったのに、ずっと気づけないでいた。

違和感の正体が分かった
ずっと何かがおかしいと思い続けていたけど、なぜおかしいのか、自分で整理することができていなかった。
単純に、私のわがままや甘え、未熟さのせいなのかもしれない。そう思っていた。
ずっと後になって分かったこと。私は人としての感情を持ち、心と体に限界がある一人の人間だということ。そういう当たり前のことすら認めてもらえない。そういう当たり前のことすら配慮されなかったんだと。
元夫から無断で昼逃げして、財産を分与される権利があると調停を申し立てられて、離れてみて、やっぱりおかしかったんだと。長すぎる年月をかけて、その正体が分かった。
元夫に対して不満を持ちすぎて、愚痴ばかり言っていた。そんな自分を責めすぎる必要はなかった。自分を振り返りつつも、自分を責めすぎなくていい。客観的に見ることが必要だった。
それは、自分にとって、もう向き合う相手ではなくなったから。私の中で、この人との夫婦関係は終わっていた。



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