最後まで、義実家に馴染めなかった
入籍から離婚するまで、24年という長い年月だった。
離婚前には、義実家に顔を出すこともなくなり、最後は挨拶もしないまま離婚した。不義理にはなったものの、義実家にはすごくよくしてもらったと思う。
それなのに、なぜか最後まで、心の距離を縮めることができなかった。
結婚前、初めて挨拶に行く前に、元夫から「うちの母親のことは心配しなくていい。のほほんとしていてのんびりしている人、意地悪とかはしない人」と言われたことがある。
その言葉は、本当にその通りだったと思う。
私はもともと、そんなに遠慮するタイプではない。人との距離を縮めることも、それほど苦手ではない。それなのに、なぜか義実家に対してだけは、いつまでも「よそ者」のような感覚があった。
義実家は、ズケズケと入り込んでくることもなく、人としての距離感を保っていた。私も一定の距離を保っていたと思う。ただ、それだけではなかった。
なぜだったのか。今になって考えると、考え方や生活のベースそのものが違ったのかもしれない。
雑草と温室の花

自分を植物にたとえるなら、私は雑草だった。義実家の女性たちは、温室で大切に育てられた花のような人たちだった。そう思うと、色々なことが腑に落ちた。
生きている時間の流れも、違うのだと思ったことがある。私が一日でやることを、義実家の人たちは、何日かけてやるのだろう。ふと、そんなことを考えたこともあった。
娘がまだ保育園の頃、義母がオムライスを作ってくれたことがある。娘は、「おばあちゃん、作るのがめっちゃ遅くてびっくりした」と言っていた。
いつも私のガチャガチャした動きを見ていれば、そう思うのも当然だと思う。私自身、義実家に行くと、まるでスローモーションを見ているような感覚になることがあった。本当に、生きている時間が違う。アリとゾウくらい違うかもしれない。本気でそう思っていた。婚姻という関係でつながっていなければ、そもそもあまり交わることのない人たち、そんな感じがしていた。
私が一人で、元夫に全部押し付けられて動き回っている。その一方で、義実家の女性たちは、誰かに回してもらっている。そう思ったことがある。
もし、私が背負っているこの生活を、そのまま義実家の女性たちに丸投げしたら、死んでしまうのではないか。本気でそう思った。それくらい、私たちの生きているペースは違っていた。
「大変なら、手を抜けばいい」
私は、元夫とのことを義実家に相談したことがない。もともと、そんなに人に相談するタイプではないが、義実家に対しては、相談しようと思ったこと自体がほとんどなかった。
例えば、私が仕事をしながら子育てをしていて、元夫がほとんど協力してくれない。家庭にも無関心。
そんなことを相談したとしても、きっと「そんなに大変なら、無理して働かなくてもいいよ」と、優しく言ってくれるのだと思う。
それは、私を心配しての言葉だとしても、私がなぜ仕事を続けているのか、なぜ簡単には辞められないのか。そこまで理解したうえで言ってくれるような気はしなかった。
私は、自分で短大の学費を払いながら卒業した。決して楽ではなかった。だからこそ、子どもたちには、自分と同じような思いをさせたくなかった。
子どもたちが進みたい道を見つけたとき、お金のことで諦めてほしくない。そのためにも、自分で収入を得ていることは、私にとって大切だった。
それに、当時は元夫のお小遣いもかなり多かった。私が仕事を辞めて収入がなくなれば、生活が苦しくなることは明らかだった。
だから、「そんなに大変なら、仕事を辞めればいい」というのは、私にとって答えではなかった。大変だから何かを手放すのではなく、大変でも続けたいものがある。そのためにはどうすればいいのか。私は、そういうふうに考えていた。
それは、仕事だけの話ではなかった。以前の記事に書いた、義実家から持たされる釜飯の素や惣菜も、根っこは同じだったのだと思う。忙しい私を気遣ってのことだったのだろうが、「手を抜けばいい」という発想そのものが、私にはあまりなかった。
大変だからこそ、何とか乗り切る

今になって振り返ると、義実家との距離を縮められなかったのは、単に私が遠慮していたからではなかったのだと思う。
義実家は、「大変なら、その大変なことを取り除けばいい」という考え方だったのだと思う。
私は、「大変でも、それを続けるためにはどうすればいいか」と考えていた。仕事も、子育ても、家事も、大変だからといって簡単に手放せるものではない。
大変でも続けたいものがある。そのためにどうするかを考える。それが私の考え方だった。
義実家がどう思っていたのかは分からない。それでも、最後まで心の距離を縮めることができなかった。私とあの義実家では、あまりにも生活のベースが違っていた。
同じ家族になったはずなのに、最後まで、どこか別の世界の人たちのように感じていた。
だから、最後まで義実家に馴染めなかったのかもしれない。



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