婚姻当初に感じていた違和感
新婚旅行、マンションの購入、引っ越し。入籍して間もない頃を思い返すと、小さな違和感はいくつもあった。
どれも夫婦ならよくある出来事だったのかもしれない。当時は「モラハラ」という言葉を耳にすることもなく、世の中全体が男性優位の価値観だったように思う。
『良妻賢母』『夫を立てる』『内助の功』という言葉も、ごく当たり前に使われていた時代だった。
入籍するとき、母から「旦那さんの言うことをよく聞くんだよ」と言われた。
それまでにも、「女性は、結婚したら旦那さんを立てて三歩後ろを歩くもの」と、そんな価値観を聞かされて育った。
私は、その考え方にずっと違和感を抱いていた。
女性は結婚したら、一人の人間としての自分をなくし、夫に従って生きるものなのだろうか。そんな夫婦の在り方を、私は望んでいなかった。
入籍前に改めてその言葉を聞いたときは、心の中で「馬鹿じゃないの? 封建制度じゃあるまいし」と思った。もちろん、口に出すことはしなかった。黙っていただけで、納得していたわけではない。変な考え方だなと思っていた。
私が望んでいたのは、お互いの意見を出し合い、納得しながら家庭を築いていく対等な関係だった。一方、元夫は、当時の社会で当たり前とされていた価値観を、ごく自然に受け入れていたのかもしれない。
だから、自分の意見だけで物事を決めることに違和感はなく、私と話し合って決めるという発想自体がなかったのかもしれない。
それでも、新婚旅行、マンションの購入、引っ越しと、一つひとつの出来事を思い返してみると、私が納得しないまま、元夫の考えで物事が決まることが多かった。

無意識では、そういうものだと思っていたのかもしれない
入籍した当時、私は23歳、元夫は29歳だった。20代前半と20代後半の6歳差は、当時の私には大きく感じていた。人生経験も社会経験も違う。「年上だから」「人生の先輩だから」という気持ちは確かにあったと思う。
元夫の方が経験も豊富なのだから、私より知っていることも多い。そんな思いもあったのかもしれない。無意識のうちに「年上の夫の意見を優先するものなのかもしれない」と受け止めていた部分はあったと思う。
それでも、夫婦とは話し合いながら家庭を築いていくものだという考えは変わらなかった。
私は、自分の意見を伝え、納得したうえで物事を進めたいと思っていた。
最初から夫婦像が違っていたのかもしれない

今になって思うのは、私と元夫は、入籍する前から夫婦のあり方について違う考えを持っていたのかもしれないということ。
私は、お互いを尊重しながら話し合う夫婦を思い描いていた。元夫は、年下の妻は自分に合わせるものだと考えていたのかもしれない。それは私の推測でしかないので、本当のことは元夫にしか分からない。
それでも、あの頃の出来事を一つひとつ振り返ると、どれも同じ違和感につながっているように感じる。
それが、モラハラの芽だったのだろうか。
新婚旅行も、マンションの購入も、引っ越しも、それだけを切り取ればモラハラとは言えない。共通していたのは、「話し合いをしない」「私の意見は必要とされない」「大きな物事の判断は元夫が決める」という関係性だった。
当時の私は、それぞれの出来事に納得できない気持ちはあった。ただ、それを一つの問題として捉えることはできなかった。
新婚旅行、マンションの購入、引っ越し。一つひとつが別々の出来事だったが、今思うと、そこには共通する関係性があったように思う。
モラハラの芽とは、こういうものなのだろうか。



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