モラハラは外から見えにくい
実は、このブログを書き始めるまで、私は「モラハラだった」という確信を持てずにいた。私が受けてきたことは、本当にモラハラだったのか。それとも、私が大袈裟に受け止めていただけなのか。
そんな迷いがあったから、このブログでも最初の頃はあまり『モラハラ』という言葉を使わなかった。それでも記事を書き進め、一つひとつ当時の出来事を振り返るうちに、「やはりモラハラだったんだ」と思うようになった。
離婚から数年が経った今も、私は改めて「モラハラとは何だったのか」を考えている。
モラルハラスメント(モラハラ)とは、言葉や態度によって相手を精神的に傷つけ、支配しようとする行為のこと。
DVのように殴る、蹴るといった目に見える暴力ではないため、外からは分かりにくく、被害を受けている本人でさえ気づきにくい。一般的にハラスメントは、「受けた本人が不快だと感じたらハラスメント」と言われることがある。それなら、モラハラも同じなのだと思う。
家庭内や男女間で起こることが多く、表面化しにくい。そのため、周囲から適切な助言を受ける機会も少なく、「私が悪いのかもしれない」「これが普通なのかもしれない」と、一人で悩み続けてしまう。
私の思うモラハラの特徴の一つは、外面がいい人が多いということだ。元夫もそうだった。

人前では良き父親を演じられる
まだ上の子が赤ちゃんだった頃、親戚の家で突然オムツ替えを始めたことがある。
「え? 家では何もしないのに、急にどうしたの?」
私は思わず口走ってしまった。私も黙っていればよかったのかもしれないのに、あまりにも普段との違いに驚いたことを今でも覚えている。
あまりにも自然に赤ちゃん用のバッグからオムツを取り出し、オムツ替えを始めた。他人の前では、良き父親を演じたかったのだろうか。
そんな小さな出来事を思い起こしながら、婚姻当初から「おかしい」と感じていた出来事を、一つずつ振り返ってみようと思う。
ちなみに私は、結婚していた期間のことを「婚姻期間」と表現することが多い。
自分のことを「元妻」と呼ぶことはない。理由をうまく説明することはできないが、「結婚」や「元妻」という言葉には、私の中で愛情があったことまで含まれているような気がして、どうしても違和感がある。
一方、「元夫」という表現は、記事を書く上で分かりやすいので便宜上使っている。本当は「元配偶者」と表現したいところだが、それでは文章が読みにくくなってしまう。
新婚旅行の行き先も話し合えなかった
他の記事でも少し触れたことがあるが、結婚前、新婚旅行の行き先すら元夫が勝手に決めた。勝手に決めたというより、話し合うというスタンスを持ち合わせていなかったように思う。
私はニューカレドニアを希望し、元夫はオーストラリアへ行きたいと言っていた。
私の希望を知っていたにもかかわらず、元夫は「新婚旅行先は俺が決める」と言い放ち、私の意見を聞くことなく、そのまま決めてしまった。
もちろん、オーストラリアに行きたい理由や、料金、日程などを二人で話し合った結果、「オーストラリアにしよう」と決まるなら、それでよかった。
話し合うとか、意見をすり合わせるなどのステップをすっ飛ばすから、「勝手に決められた」「無視された」という不満が、いつまでも残る。
私が納得できなかったのは、行き先ではない。私にも意見があるのに、その意見を聞こうという考えすらなかったことだった。
義姉も「普通は女の子が行きたいところを優先するものじゃないの?」と言ってくれた。それでも元夫は考えを変えることはなく、そのままオーストラリアに決めてしまった。
話し合えない夫婦になっていった

それなのに、日常の些細なことにはまったく関心を示さなかった。一緒に買い物へ行き、「今晩、何が食べたい?」と聞くと、「なんでもいい」と即答される。
「なんでもいい」以外の答えを聞いた記憶がない。当時から「変だな」と思っていた私は、同じような場面になるたびに、「今日は違う答えが返ってくるのでは」と注意して聞いていた。私の記憶では、「なんでもいい」以外の答えを聞くことは一度もなかった。
そのため、私はある時から、日常のことや元夫が興味を示さないだろうと思うことは聞くのをやめた。「なんでもいい」としか返ってこないことは分かっていた。そんなことにメンタルをすり減らし、無駄骨を折りたくなかったからだ。
そういうやり取りを繰り返すうちに、お互いのすれ違いは始まったんだと思う。私ももう少し踏み込んで、「なんでもいいじゃなくて、一緒に考えて欲しい」そう伝えればれば良かったのかもしれない。
元夫に対して、歩み寄りをしなかった私にも一因があるが、そこまでしたくない、そう思っていたことをはっきり覚えている。
子どもたちがまだ小さかった頃には、すでにそういう関係になっていた。元夫に頼っても意味がない。話し合おうとしても無駄。
その感覚が少しずつ積み重なり、私は無意識のうちに、元夫を頼らない生活を送るようになっていた。
今思えば、新婚旅行の行き先を決めるという出来事は、その始まりに過ぎなかった。話し合うことも、歩み寄ることも諦めた時、夫婦の距離は少しずつ開いていったのだと思う。



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