わがままが、長引いているだけだと思っていた?
義父のお見舞いに一緒に行ってほしい、という内容の紙が差し込まれていた時、「一緒に?」「お見舞い?」私はその紙を読んで、心臓がバクバクした。この人、正気なんだろうか。こんな関係性で、今更なにを言っているのだろうか。
それと同時に、何か言葉にできない違和感もあった。
その違和感は、何がそう思わせるのか、その正体が分からなかった。ある時、ふと気づいた。この人は、これを「夫婦喧嘩の延長線上」くらいに考えているのではないか。
もしかしたら元夫の中では、「わがままな私が、機嫌を損ねている期間が、たまたま長引いているだけ」そんな風に思っていたのではないだろうか。だから、何年も会話をしていなくても、いつか私の機嫌が直れば、この状態は終わる。そんな感覚だったのだろうか。
私は元夫から、よく「わがまま」と言われていた。自分のことを顧みず、人のことばかりを言う元夫のこの言葉が大嫌いだった。自分はどうなんだと思っていた。
わがままということに加え、「自分が一番正しいと思っている」とも、散々言われてきた。当たらなくもない部分は多くあったので、あえて反論はしなかった。ただ、自分のことを棚に上げる場面が多すぎるとも思っていた。謎の行動、謎の思考を持っている人だと感じていた。
そんな元夫が、なぜここまで頼み事を続けられるのか。もう一つ、別の疑問もあった。元夫は、自分の意思で私をコントロールできるとでも思っているのだろうか。

元夫の中にあった、上下関係
元夫の中には、明らかな上下関係が存在していたのだと思う。自分の立場が上で、私のことを、またコントロールできる対象だと思っていたのではないだろうか。ただ、それはあくまで元夫が勝手にそう思い込んでいただけではないかという、私の推測には過ぎない。私は、そんな上下関係を受け入れたことなど一度もなかった。
そう考えると、丁寧語で書かれていたことも、10回以上も紙を差し込み続けたことも、まるで「機嫌を直してもらうために説得を重ねている」ように見えてくる。
何年も会話をせず、顔を合わせることすら避けている関係を、元夫は「大きな喧嘩の続き」くらいにしか捉えていなかったのではないか。
私の中では、元夫との関係はとっくに終わっていた。夫婦としてやり直すという選択肢自体、存在していなかった。それなのに、そんな相手にこんな内容を頼んでくること自体が、私には到底、理解することができなかった。
もし自分が逆の立場だったら

もし私が逆の立場だったら、と考えることがある。
もし自分の親に何かあった時、私は絶対に元夫には頼まないし、その状況を伝えようとも思わない。関係が拗れてしまった相手をそんな場に連れて行きたくないし、気を遣うことも嫌だ。元夫と一緒に行動するということ自体、現実的ではなかった。
自分の身内だけで、静かに執り行いたい。それが、私の正直な気持ちだった。だから、自分の身内のことなら、元夫を関わらせずに済ませたいと思っていた。そんな私の思い、考えとは真逆の元夫の思考回路は未だに理解できない。
私は自分の両親には、元夫との現状をすでに伝えていた。はっきりと「離婚したい」とまでは言っていなかったかもしれない。それでも、元夫は何年も実家に来ていなかったし、一緒に来ない理由を伝えていた。そんな状態の元夫を、急に実家に呼ぼうなんて考えもしないと思うし、わざわざ現状を伝えることもしない。
それなのに、元夫は違った。壊れた関係のまま、私にお見舞いを頼んでくる。まるで、まだ「夫婦」として機能しているかのように。
その感覚のズレこそが、私が一番違和感を覚えた部分だったのだと思う。本当に噛み合わない夫婦だあったんだと時を重ねた今だからこそ、余計にそう感じる。
また、考え方によっては、これは元夫の必死な願い心からの願いだったのかもしれない。関係を元に戻したい、という気持ちの表れだった、という捉え方もできるのかもしれない。
それでも、私はそういう捉え方はしたくなかった。
それに、もし私が必死に頑張って、元夫のこの依頼を聞き入れていたとしても、今こうして離婚しているという事実は、変わらなかったと思う。
呆れが強くなったのと同時に、私ははっきりと実感したことがある。私がどれだけ距離を置いても、沈黙を続けても、この人にはその現実が伝わらない。自分だけの感覚で生きている人なのだと気づいた瞬間、ふっと力が抜けた。
もう、この人と理解し合うという前提自体が存在しないのだと、身体が先に理解したのだと思う。



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