10年近く続いた家庭内別居
不登校という問題を抱えていた息子の生活を守るために、私は家庭内別居という生活を選んだ。
息子の環境を変えないこと。そのために家庭に波風を立てず、荒立てないこと。
息子はその後、高校で寮生活を送ることになったが、親のいざこざで精神的なストレスを与えたくはなかった。
当時の私にとって、それが離婚までを生き抜くための最善の方法だった。
その生活は約10年間続いた。
その後半は完全に顔を合わせることもなく、元夫の姿を何年見ていないのか、自分でも分からないくらいだった。
この話をすると、「同じ家でそんな生活が本当にできるの?」と驚かれることがある。
普通の生活がしたかった。おかしな生活を送っていることは自分でも分かっていたが、その頃の私にはそれしか方法がなかった。
元夫を避けることに全神経を集中させ、元夫の生活リズムとずらした生活を送る。それが私の日常だった。
起床時間、帰宅時間、休日の過ごし方。できるだけ同じ時間に在宅しないようにする。休日も同じだった。
家で顔を合わせないように、朝から出かけることも多かった。一人で旅行に出たり、予定がない日はネットカフェで一日中時間を潰ししたりしていた。
本当は家でゆっくり休みたいのに、のんびりと家にいることができない。自分の家なのに、安心して過ごせる場所ではなかった。
私が在宅していて、元夫が帰宅するときは、部屋の電気を消したり、物音を立てずに気配を消す。
それでも元夫は帰宅するときの威嚇音がすごい。その音を聞きたくなくて電気まで消しているのに。
まずは玄関のドアを思い切り開け閉めする。階段を一段一段、もの凄い足音で登る。そして自室のドアを大きな音を立てて開け閉めする。
私にとっては威嚇音にしか聞こえなかったが、元夫にとっては帰宅した合図だったのかもしれない。私に「自分の部屋から出てくるな」と伝えていたのかもしれない。
そんなことをしなくても、車のエンジン音ですぐに気づくし、全神経を集中させているのに。
毎日、生きた心地がしない。
心臓がバクバクして、胸が締め付けられる。息が苦しくなり、過呼吸になりそうになる。
今こうして書いていると、当時の緊張感が少しずつ蘇ってくる。自分の家なのに、自分の家ではなかった。
もう二度と、あんな生活には戻りたくない。

家庭内別居になる前
子どもたちに手がかかる頃は、元夫はほとんど家にいなかった。
それなのに、子どもたちが大きくなってくると、だんだんと帰宅時間が早くなってきた。あれは元夫なりの策略だったのではないか、と私は途中から思うようになった。子育てという大変な時期を避けるためだったのではないか、と。
そう思うようになってからは、余計に元夫という人間に嫌悪感を抱くようになった。
ずっと家にいなかった人が、早い時間に帰ってこられると、こちらの生活ペースが崩れる。
家庭内別居という状態になると、私よりも元夫の方が先に帰宅していることの方が多くなった。
自分の勤務先に近いところに土地を購入しているので、当然と言えば当然だが、遠距離通勤で残業が多かった私の方が帰宅は遅かった。
そうなると、元夫と鉢合わせしないように、いつ家に入るかという問題になる。元夫はほぼ自室で過ごす人なので、自室にいれば出てくることはほとんどない。
子どもたちが小さい頃も、たまに早く帰ってきても自室にこもりきりで、子どもたちの世話は一切しなかった。だから、そのスタンスは変わっていなかった。
家の外から元夫の部屋の灯りがついていれば、安心して家に入ることができる。
逆に最悪なのは、入浴中だったり、自室以外にいるとき。その場合は私は家に入ることができない。
元夫が自室にこもるまで、どこかで時間を潰さなくてはいけない。近くのスーパーへ行ったり、スーパーが閉まっている時間であれば近くの公園の駐車場で時間を潰していた。
疲れて帰ってきても、余計に疲れる。
そんな生活を送りながらも、その頃の私は、そういう夫婦関係になってしまったのは自分の責任も大きいと思っていた。だから、こういう生活も受け入れなくてはいけない。そう思い込んでいた。

あの頃の私に伝えたいこと
家庭内別居には、大きな代償があった。それでも、私にとって意味のない10年間だったとは思わない。
息子の生活環境を守ることができた。
離婚までの時間を稼いだことで、金銭的な不安も少しずつ解消することができた。働き続けながら貯蓄を増やし、「離婚しても生活していける」という自信にもつながっていった。
あの頃の私にとって、家庭内別居は最善策だった。その選択を後悔しているわけではない。
ただ、本当はもっと違うことに自分の命の時間を使いたかった。
休日も家にいることができず、一人で出かけたり、ネットカフェで時間を過ごしたりしていた。家で安心して休むことさえできない毎日だった。
仕事で頑張り、子育てで頑張り、その上で家庭内別居という緊張感を抱えながら毎日を過ごしていた。
あの10年間、失った時間は戻ってこない。
その選択には、大きな代償があった。今の私は、自分の命の時間を大切に生きていきたい。ただ当時の私は、こうした生活が「モラハラ」によって生まれたものだとは、まだ気づいていなかった。
今の私は、自分の命の時間を大切に生きることができている。そう思っている。



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