婚姻生活の始まりは、小さな違和感の始まりだった|モラハラに気づくまで Vol.5

モラハラ

新居探しも私の意見は通らなかった

こうやって記事を書き進めていくと、日常の些細なモヤモヤや違和感が、一つひとつ思い起こされる。

新居を決めるときもそうだった。

自分たちの条件に合う賃貸物件がなかなか見つからなかった。予算は低いのに、条件だけはいろいろあった。その条件が何だったのかはもう覚えていないが、条件を満たそうとすると予算を大幅にオーバーしてしまう。そんな状況だった。

「それなら、買った方が早いんじゃないか?」

そんな話になり、元夫が一枚のマンションのチラシを持ってきた。私は地元を離れ、県外にある元夫の地元へ引っ越す予定だった。だから、その土地のことはほとんど知らない。

30年以上前の当時は、インターネットもなく、物件探しは紙媒体が中心だった。そこに住んでいないし縁もない私は、その地域の情報をほとんど持っていなかった。

元夫が持ってきたマンションのチラシを見ても、私はあまり気が進まなかった。理由を聞かれると、今でもうまく説明できない。ただ、「ここではない気がする」という違和感があった。

「もう少し探した方がいいんじゃない? 私は公団でもいいと思う」

そう伝えると、元夫は「公団は絶対に嫌だ」と言った。「公団は嫌だ」という元夫。色々聞いてみると、元夫なりのこだわりがあり、そこは押し通すことでもないので、公団は候補から外した。

それはいいとして、そのときは元夫に説得される流れでマンションを購入することとなった。家のお金は元夫が準備するという約束だったので、頭金の200万円を元夫が準備した。

「頭金を出してもらうのだから、私が引かなければいけないのかもしれない」

そんな気持ちもあり、私は元夫の意見に合わせることにした。

私はどうして遠慮してしまったのだろう

マンションの頭金は元夫が出したとはいえ、家電や家具、新生活に必要な日用品などは、全て私が購入していた。多分、同じぐらいのお金を使っていると思う。それなのに、私はどうしてあんなに遠慮してしまったのだろう。

私自身の中にも、「男性には従うもの」という無意識の思い込みがあったのかもしれない。

この記事を書いていて、心がざわつくことを思い出した。私の住む東海地方では、嫁入り道具を紅白幕を掛けたトラックに載せて新居へ運ぶ「嫁入りトラック」という風習があった。私はこういう風習に興味もなかったし、結婚準備は自分でやっているので、そんな余分な費用はかけられない。

そういう派手な結婚準備からしたら、私は家具家電や日用品を一式揃えただけなので、余分なお金は使っていない。そういうことは自覚していた。

入籍してから数年した頃、「嫁入り道具もまともに持って来れなかったくせに」と、突如と言われたことがあった。きっと、心の中で思い続けていたんだと思ったし、それが元夫の本心だったと思う。

当時は気づかなかったが、いろいろなことがつながって見えてくる。新婚旅行先は元夫が決め、旅費はきっちり割り勘だった。それでいて、数年後には「嫁入り道具もまともに持って来れなかったくせに」と言われた。こうして並べてみると、ずいぶん身勝手な理屈だったのだと思う。

そういえば、入籍前の外食でも、一度も奢ってもらったことがなかった。そんなことまで思い出してしまった。

新居に私の荷物を置く場所がなかった

マンションの購入手続きが済み、いよいよ引っ越すことになった。

元夫は一人暮らしをしていたため、先に新居となるマンションへ引っ越し、しばらくして私が実家から荷物を運び入れることになった。

家電や家具はすでに揃っていて、実家から運ぶ荷物は衣服や身の回りのものがほとんどだった。そのため、自分の車で数回に分けて運ぶことにした。荷物を運び終え、さあ荷物を片付けようと思ったとき、私は思考停止した。

「どこに入れる? 私の荷物を入れる場所がない!」

先に引っ越しを済ませていた元夫は、自分の荷物をありとあらゆる収納やクローゼットに押し込んでいた。私の荷物を入れるスペースは、どこにもなかった。

一人暮らしをするわけではない。後から一緒に住む人がいるのだから、クローゼットの一つくらい空けておくものではないのだろうか。

そう思う私の考えが、利己的なのだろうか。

文句を言うと、元夫は「とりあえず入れただけ!」と怒った。結局、「とりあえず」入れた荷物を整理するのは、私の役目だった。

「一人で暮らしたらいいのにね」

嫌味を言いながら、私はクローゼットや収納に押し込まれた荷物を整理した。

あの違和感は気のせいではなかった

今振り返ると、新婚旅行も、マンション購入も、引っ越しも、それぞれ別々の出来事ではなかったように思う。どれも、見過ごすことのできない違和感だった。

あの頃の私は、「こんなものなのかな」「私が我慢すればいい」と、自分を納得させていた。

これは、モラハラの芽だったのだろうか。

その芽を「たいしたことではない」と見過ごし、摘まずに放置してきたからこそ、後になって取り返しのつかないほど大きく育ってしまったのだろうか。

あの頃に感じていた違和感は、決して気のせいではなかったということ。ただ、ただ、その小さな芽にお互いが向き合い、納得できるまで話し合えていたなら、今の生活は違っていたのかもしれない。

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