義姉の婚約話
前回の記事で、義姉との生活感覚の違いについて書いた。義姉について、もう一つ印象に残っている話がある。
義姉は若い頃、婚約していたことがあるそうで、相手と結婚すれば、九州へ行くことになるという話だった。
親が「そんな遠いところはダメ」と反対し、結局その話はなくなり、義姉はそのまま実家で暮らし続けることになったと聞いている。
義姉には義姉の事情があったのだろうし、私が経緯をすべて知っているわけではない。ただ、私はその話を聞いたとき、「親に反対されたから、結婚をやめるんだ」と思った。
私なら、まず自分がどうしたいのかを考える。親が反対したとしても、それだけで自分の人生を決めることはないと思う。親の意見を聞くことと、その意見を聞いて自分がどうするかを自分で判断することは、私の中では違うことだった。
私は自分のことは自分で決めてきた。親には事後報告ということも多く、「なんで相談しないの?」と、何度も注意された記憶がある。だからこそ、義姉の話を聞いたとき、私とは考え方が違うと感じた。
実は、この話は私の婚約の席で、義両親が私の親に話していた。「反対するんじゃなかった」と、少し後悔しているようだった。
私は、この話をたまに思い出すことがある。義両親の反対によって、義姉の人生は変わってしまった。いくら我が子とは言え、人生の岐路となることの判断をしてしまった。
義姉の人生の大きな判断が、親の判断によって決まってしまったんだな。そう思ってしまう。
なぜ反対したのか、今になって想像することがある。義姉はスタイルも良く、美人で、私から見ても見栄えのする人だった。だからこそ、ご両親は「この子なら、まだ近くで良いご縁がある」と思ったのだろうか。
本当の理由は分からない。ただ、そんなことを考えることがある。
結果的に、義姉はその後も独身のままだった。今はもう還暦を迎えているはずだが、私はその後のことは知らない。
「この子ならまだ先がある」という判断が、必ずしも正しかったとは限らない。

「上の人の言うことを聞く」という環境
今になって考えると、ここには元夫にもつながるものがあったのではないかと思う。
親が決めれば、それに従う。そういう環境で育ったことが、元夫の中にも何かしら影響していたのかもしれない。自分より上の立場だと思っている人の言うことは聞き、自分より下の立場だと思っている人には、自分の言うことを聞かせる。元夫と私の関係は、まさにそうだった。
私は、元夫より下の立場にいる人間として扱われていた。私の意見を聞いて一緒に考えるというより、元夫が決めたことに、私が合わせざるを得ないことになる。私が意見を伝えても、それを聞く必要がないような扱いをされていた。
私の意見を対等なものとして聞くという発想自体が、なかったのだと思う。
元夫にとっては、自分が決める側で、私はそれに合わせなければならない側だった。最初から自分の中に答えがあって、私にはその答えに合わせることを求めていた。だから、私が何を言っても、それを聞いて考え直したり、検討したりすることがなかった。
育った環境は、言い訳にはならない

元夫がそういう環境で育ったことで、「上の人の言うことを聞く」「下の人には言うことを聞かせる」という感覚を身につけたのだとしても、それは元夫自身が子どもの頃に選んだことではない。
ただ、大人になり、自分で家庭を持ち、中年になっても、その考え方を変えようとしなかったこと。それは大きな問題だと思う。
元夫は、私という人間を見ていなかったと思う。
自分が育った家庭では、それが当たり前だった。だからといって、自分が作った家庭まで同じである必要はない。
妻も一人の人間で、自分とは違う意見を持っている。自分より下の立場だから、言うことを聞かせていいわけではない。私は、そこを元夫は理解できなかったのではないかと思う。
義姉の婚約の話から始まった違和感は、今になって振り返ると、元夫が育った家庭の中にあった「上の人の言うことを聞く」という構造につながっていたのかもしれない。
そして、その構造をそのまま自分の家庭に持ち込んだこと。私が感じていた違和感の根っこは、そこにあったのかもしれない。



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