モラハラだと気づいたのに、また自分を疑った|モラハラに気づくまで Vol.3

モラハラ

違和感の正体を探していた

私は基本的に、自分のことを振り返ったり、内省したりすることが少ない人だったと思う。

仕事で失敗した時は反省する。それでも、人間関係で「自分が悪い」と考え続けるタイプではなかった。

平たく言えば、自己中心的なところがあって、他責な傾向もあった。それでも今は、少しは成長したと思う。

元夫からはよく、「わがまま」「気が強い」と言われていた。それはそうかもしれないが、人のことを言う割には、自分のことは振り返らない人だったなと、今更ながら思う。

そんな自己中心的で、自分を顧みない私が、家庭の中ではいつの間にか「私が悪い」と思うようになっていった。

話が通じないので、コミュニケーションが成立しづらい元夫。

何を言ってもオウム返しで言葉が返ってくるだけ。そんな元夫にいつも苛立っていて、いつも不満や愚痴ばかり言っていた。

人のことばかり悪く言うそんな人間なのに、いつの間にか自分が悪いと、自分を責めるようになっていった。

何かがおかしい、どうもおかしいと色々調べていた。傷ついたことや、おかしいと思った言動を書き留めるといいという情報を見つけ、ノートに元夫から受けた言動を記録していたこともある。

そのときは、書き出すことで更に苦しくなった。「こんなことをしても何の解決にもならない」と、苦しさから逃れるために、すぐにやめてしまった。

ちゃんと続け、自分の心と向き合っていたら、もっと早い段階で、このおかしな生活と関係性に気づくことができたかもしれない。

当時は「モラハラ」という言葉も今ほど知られていなかった。

なんとなくおかしい。何がおかしいのかが分からない。

そんな状態が長く続いていた頃、偶然テレビでモラハラの特集を見た。

『これだ。モラハラだよ。あいつそのものだ』
『モラハラだったんだ…』

ずっと感じていた違和感の正体が、ようやく言葉になった気がした。

離婚前のあるとき、市で開催された弁護士無料相談へ出かけた。元夫の言動を相談すると、その女性弁護士は、私がモラハラという言葉を出す前に、「それはモラハラですね」とはっきりと言ってくれた。

「やっぱりモラハラだったんだ。私は間違っていない」

堂々と逃げる口実ができた。とても嬉しかったことを覚えている。

モラハラでは離婚できない?

私が元夫のもとから無断で昼逃げした後、元夫から財産分与を目的とした調停を申し立てられた。私に対して、元夫へ財産の半分を支払うよう求める申立てだった。

初回の調停で、離婚理由として、モラハラが酷かったことについて説明したときのこと。

男性調停委員から返ってきた言葉は、「それが離婚理由になるのですか?」だった。

『モラハラじゃなかったの?私の思い込みだったの?』

私は混乱し、今までモラハラだと確信していたことは何だったのかと思った。

私の弁護士からは、モラハラは国の基準では離婚理由として認められていないことを教えられた。

「国としては、モラハラを明確に認めていないので、それだけを理由に離婚や慰謝料を認めてもらうのは難しい」と。

元夫も元夫の弁護士も、「モラハラではない」と主張してきた。

「モラハラだと思っていたのは、私の思い込みだったのかもしれない」

せっかくたどり着いた答えを、打ち消さなければならないのか。私が元夫から受けてきたことは、私が大袈裟に受け止めていただけなのか。

配偶者という立場では、私が見下されていると感じたことも普通のことなのか。元夫から支配されるという構造が当然の考え方なのか。

何が本当なのか。私は何を主張すればいいのか分からなくなった。

男女間でモラハラの認識は違うのか?

「それはモラハラです」

市の無料相談で、女性弁護士がはっきりと言ってくれた言葉。私はその言葉で、自分の感じていた違和感は間違っていなかったのだと思えた。

それなのに、私が離婚で関わった男性――男性調停委員、男性弁護士、元夫、元夫の弁護士――は、全員モラハラという事実を否定した。

モラハラをしていた当事者が、自分の責任を認めたくないから否定するのは分かる。

それでも、モラハラに対する受け止め方には、性別によって大きな違いがあるのだと感じた。

あの頃の私は、自分の感じていた苦しさまで疑うようになっていた。

「モラハラかもしれない」と思っても、周りから否定されると、また「私が悪いのかもしれない」に戻ってしまう。

やっと見つけた答えだったのに、その答えまで信じられなくなっていた。

あの頃の私は、自分自身を一番信じられなくなっていた。

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