「この家で、夫婦関係が変わるかもしれないと思っていた」|モラハラに気づくまで Vol.29

モラハラ

家を建てれば、何かが変わると思っていた

前回の記事で、婚姻生活を続けるための努力は、最初から一人相撲だったのかもしれない、と書いた。

その一人相撲の果てにたどり着いたのが、家を買うという話だった。

マンションから戸建てへ住み替えることになったとき、私は少しだけ期待していた。

それまでの私は、母子家庭だと割り切って生活していた。元夫は仕事で家にいないことが多く、家庭への関心もない。私は元夫に期待することを辞めた。元夫はいないもの。そう考える方が、期待しなくていいので楽だった。

それでも環境が変われば、夫婦関係も何か変わるかもしれない。何か良い変化が起こるかもしれない。新しい家で暮らすようになれば、家族としての生活が少し変わるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。

母子家庭だと割り切っていた私が、それでも新しい家での生活に少し期待していた。今思えば、私は完全に諦めていたわけではなかったのだと思う。

自分の希望を聞き入れられず、話し合うことにすらならなかった場所に家が完成し、いよいよ引っ越すだけという段階になった頃、私の気分はどんどん沈んでいった。

「もう決まったこと、今更落ち込んでいる場合じゃない」と、自分の気持ちを抑え、切り替えようとしていた。

それでも、引越しが近づくにつれ、そこに自分の人生を預けなければならないことへの、言いようのない悔しさが滲んできた。

「なぜ私が、この場所に住まなければならないのか」

その頃住んでいたマンションは元夫が決めたとは言え、通勤の便もよく、買い物などの日常生活にもとても便利だった。そのあたりの場所が好きだったので、できるだけ離れたくなかった。

それなのに、引越し先は、同じ市内とはいえ、住環境が大きく変わり、私の通勤時間も往復一時間以上増えることになった。家にいられる時間も減り、家事や子どもたちとの時間にも影響する。それは私一人の都合ではなく、家族全体の生活にも関わることだった。だからこそ、私の希望を考えることは、そのまま家族の生活を考えることでもあった。

それなのに、元夫は自分の都合が最優先だった。引越し先で揉めた時、

「俺に合わせなくてどうするんだ?」

元夫から発せられたその言葉には、私の意見を尊重する気がないということ以上に、私を自分の支配下にいる人間、自分の意思で思うがままにできる人間として見ているように感じてならなかった。

私の人生なのに、私の生活なのに、なぜ元夫に合わせることが前提なのだろう。そこが、どうしても納得できなかった。

元夫はいないもの、母子家庭として割り切っていた。家庭のことには無関心なのに、こんなに重要なことだけは自分の意見を主張してくる。そういうことも、許せなかった。

引っ越し前日まで、気持ちは大きく揺れ動き、「引っ越しブルー」のような状態だったのだと思う。私にとって不便になる、生活スタイルが大きく変わってしまう。そういう思いが、一気に押し寄せてきた。

引っ越してから、現実を思い知らされた

実際に引っ越してからも、生活は思った以上に不便だった。不便というか、私の生活スタイルに合わなかった。

職場まで遠い。元々遠かったが、さらに遠くなった。毎日、一時間以上通勤時間が増えるのはキツイ。

また、子どもたちが大きくなり夜出かけることも増えてきた。食事会や飲み会で帰りが遅くなることもある。唯一の公共交通機関であるバスは、最終バスの時間が早い。飲み会に参加するためには、宿泊するか、車で寝るか、ネットカフェで寝るか。そんな生活をしていた。

家を建てたことが、夫婦の決別になった

前の記事にも書いたように、この土地購入をめぐる出来事がきっかけで、私は子どもたちが成人する10年後に離婚しようと決めた。その後、1〜2年ほどして、完全な家庭内別居になった。

今になって思うこと。家を建てたことは、私の人生の一つの岐路だったと思う。

「誰が働けと言った」「俺に合わせなくてどうするんだ?」

その言葉は、「この家で何かが変わるかもしれない」という私の淡い期待を打ち砕くには、充分すぎる破壊力のある言葉だった。

家は完成した。けれど、夫婦の関係は、そこで終わりに向かい始めていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました