「夫婦って、いろいろあるよね」|モラハラに気づくまで Vol.18

モラハラ

20年ぶりに見かけた友人夫婦

車を運転していて、赤信号で止まったときのこと。目の前の横断歩道をぼんやり眺めていると、見覚えのある姿が目に入った。すぐには思い出せなかったけれど、よく見ると、それは元夫の友人夫婦だった。

お互いの子どもたちがまだ小さかった頃は、家族ぐるみでとても仲良くしていた間柄だった。ただ、再会するのは、およそ20年ぶりくらいだったと思う。

その2人は、仲睦まじく笑顔で並んで歩いていて、そのまま近くにあるラーメン屋へ、2人で入っていった。私は、赤信号で止まっている間、2人の姿を目で追っていた。

「何が違ったんだろう」と、ふと考えた。

この友人夫婦は仲睦まじく、子育てを終えても2人で行動している。一方で、私と元夫の婚姻生活は破綻し、離婚した。

考えてみれば、婚姻期間中でも私と元夫は2人で行動したことがあっただろうか?私の記憶の中では、ほとんどない。

子どもが小さい時も、夫婦2人で時間を作って2人で過ごすということは一切なかった。それだけは、はっきり覚えている。

子どもが小さいから仕方ないと思う反面、夫婦だけでゆっくり過ごす時間が欲しいと何度も思ったことがある。

ただ、それは叶わぬ夢となった。

前回の記事で書いた、元夫が友人に「ずっと動いている」と話していた、その友人本人だった。その友人は、なにかしら私を擁護するような言葉を言ってくれたことは覚えているが、その内容は全く覚えていない。

ただ仲が良いだけではないもの

20年ぶりに見かけただけなので、その二人がどんな夫婦なのか、今がどんな状態で、どんな夫婦関係なのかは分からない。

夫婦の中で、どんなことがあったのかも知らない。だから、外から見ただけで「仲のいい夫婦だった」と決めつけることはできない。

それでも、なぜか私は、その2人の間にあるものが伝わってきたような気がした。

ただ仲が良いというだけではない。

長い時間を一緒に過ごしてきた人同士にしかないような、互いへの信頼感というか、相手を一人の人間として認めているような雰囲気というか。

ほんの数分、二人の姿を見ただけなのに、そんなものを感じた。もちろん、見かけただけなので、本当のところは分からない。

私は、人間として認められていない、そんな思いを抱えたまま離婚したので、関係性は大きく違うと、咄嗟に感じた。

「私と元夫の夫婦には、こういうものがあっただろうか」

「ない」

今の私なら、そうはっきり答える。

相手を信頼すること。相手を一人の人間として尊重すること。大変な時には、同じ場所に立って一緒に考えること。相手が何を考えているのかを知ろうとすること。

自分のことだけではなく、相手の立場からも物事を見ること。

そういうものが積み重なって、夫婦としての関係ができていくのだと思う。

今になって振り返ると、私と元夫には、そういう積み重ねがなかった。私は途中から、元夫を信頼することをやめた。期待することもやめた。

期待して信頼して、それが叶わないときの方がダメージが大きいから、初めからそんなことを考えなければ、ダメージも受けない。

私は、期待するのをやめよう。そう心に誓った日を、今でもはっきり覚えている。

元夫は家庭という土俵にいなかった

これまでの記事を書きながら、子どもたちが小さかった頃のことを一つひとつ思い返してきた。

息子が火傷をした時、4歳の娘が電話をしたのは父親ではなく祖母だった。

子どもの体調が悪くなれば、義母に頼った。少し離れたところに住む実母にも頼った。職場の人にも助けてもらった。ママ友にも助けてもらった。

いろいろな人の力を借りながら、私は毎日を回していた。

そして、Vol.17で書いたように、元夫は私が「家でずっと動いている」ことを知っていた。

知らなかったわけではない。それでも、元夫は家庭という土俵に入ってこなかった。

私は家庭を回す側。元夫は、それを少し離れたところから見ている側。見ているけど、そこに参加しない。「任せている」。そんな言葉を投げかけられると、私に全部のしかかる。

そんな関係だったのだと思う。

そして、それは子どもが生まれてから突然そうなったわけではなかったのかもしれない。

結婚した頃からあった関係性

今になって、結婚した頃のことを思い返す。私は元夫より6歳年下だったから、何でも言うことを聞く存在だと思われていたのかもしれない。

結婚前から、家事もやっていたし、料理も作っていた。

今になって思えば、元夫の心のどこかに、「自分の思うままに扱える人、家事をやってくれる人」という感覚があったのではないかと思う。

元夫が望んでいた婚姻生活は、自分の身の回りの世話をしてもらい、自分が君臨していることだったのではないかと思う。

これは私が勝手に想像していることなので、本当のところは分からない。

そんな私との結婚生活は、元夫にとって都合のいいものだったのではないかと思う。

私が家庭のことをやる。私が子どものことをやる。私が大変な時には、私が誰かに助けを求める。

元夫は、その家庭の中にいながら、家庭を一緒につくる側にはならなかった。私からすると、家庭運営を丸投げされているのに、都合の良い時だけ入って来る。

私は、そんな印象しか持っていなかった。ふと、思い出した言葉がある。

「都合の良いときだけ、父親面しないでね」

この言葉だけ聞いたら、「なんて酷いことを言うのだろう」と思われるかもしれない。ただ、それまでに配偶者という存在をないものとして生活していた。

私は、その時、できるだけ感情を入れずに冷淡に伝えた。いつもみたいなオウム返しの言葉ではなかったように思うが、覚えていない。

元夫にとっては衝撃の言葉だったかもしれないが、私にとっては、ただただ思っていたことが口から出ただけのことだった。

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