「終の住処だね」と言われて感じた違和感|モラハラに気づくまで Vol.31

モラハラ

夫婦関係を気にせずに済んだ日々

家が完成し、新しい生活が始まった。

前回の記事で書いたように、この頃にはすでに、子どもが成人したら離婚しようと決めていたし、同じ部屋で過ごすことさえ拒んでいた。それでも、本当にこのまま進んでいいのか、心のどこかで決めきれない部分もあった。そんな中でも、新しい家での生活が始まってしばらくの間、私は夫婦関係について、あまり考えずに過ごしていた。

引っ越しに伴う子どもの転校手続きや、住所変更などのさまざまな手続き。新しい生活を始めるための準備。やることは次から次へとあった。

ただ、忙しさだけが理由ではなかったと思う。家の中のことも、引っ越しに伴う手続きも、そもそも元夫に協力してもらうことを前提にしていなかった。「これは私がやること」と最初から思っていたので、一人で進めること自体には、それほどストレスを感じなかった。

だからこそ、目の前のタスクをこなすことに集中でき、夫婦関係について考え込んだり、元夫の態度を気にしたりする暇がなかったのだと思う。

本来なら、夫婦で相談したり、役割を分担したりする場面もあったはずだった。それを面倒に感じて、結局は自分でやってしまう。振り返ってみると、「一人でやった方が早い」という私自身の感覚も、夫婦関係を作っていくうえでは、良くなかった部分なのかもしれない。

新しい家の心地よさと、生活の不便さ

新しい家は、気持ちを切り替えさせてくれる新鮮さがあった。新築のきれいさもあり、以前とは違う生活が始まる実感があった。ただ、生活そのものは、かなり不便になった。

家を建てた場所は、山を切り開いて造られた大きな住宅地だった。新しく開発された地域だったので、周辺にはまだお店も少なく、駅からも離れていた。スーパーに行くにも、ドラッグストアに行くにも、車が必要だった。それまで住んでいたマンションなら、そうした商業施設が敷地のすぐ隣にあった。通勤時間も、往復で1時間以上長くなった。

家そのものは快適なのに、毎日の生活は不便さから不満が重なっていった。

その不便さを感じるたびに、私は元夫の言った言葉を思い出してしまう。

「俺に合わせなくてどうするんだ?」

そう言われて、結局は反対しきれず、この場所に家を建てることになった。自分が納得して選んだ場所ではなく、仕方なく従うしかなかった場所だった。それなのに、そこでの不便な生活を背負うのは私だった。そう思うたびに、気持ちがザワザワして腹が立つ。

「終の住処だね」という言葉

家が完成した日、鍵を渡してくれたのは、「夫婦は同じ部屋じゃなくては」と言っていた、あの工務店の男性だった。

「ここが、あなたたち夫婦の終の住処だね」

その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸のあたりに、ざわっとした違和感を感じた。

「この人と一生一緒にいるつもりもないけど」

私はすでに、土地を購入する段階で離婚を決めていた。ただ、心のどこかでまだ迷っている自分もいた。それでも、「終の住処」という言葉には、はっきりとした違和感を覚えた。決めていたはずの気持ちの方が、本音では強かったのかもしれない。

振り返って気づいたこと

この記事を書きながら、当時のことを振り返っていて、ふと気づいたことがある。

引っ越しの手続きも、子どものことも、生活の準備も、家の完成時に感じた違和感も、そこに出てくるのは、ほとんど私の話ばかりだった。

元夫は、引っ越しに伴う手続きなどには、ほとんど関わっていなかった。もちろん、何もしていなかったわけではない。家の玄関まわりや外構の作業など、自分でやっていたこともあった。

「これは私がやる」「これは元夫がやる」。そんなふうに自然と分かれていて、二人で相談しながら役割を決めたわけではなかった。夫婦で一緒に家をつくっているというより、同じ家に住む二人が、それぞれ自分のことをやっている。そんな感じだった。

私は一人で動き、元夫も自分のことをする。二人でいながら、チームにはなっていない。そもそも、チームになったことが一度もなかったのだと思う。

それでも今振り返ると、チームになれなかった理由を、私は一方的に元夫のせいにしていたところもあったと思う。

ただ、それは今回の出来事だけの話ではなかった。ワンオペのような生活がずっと続いていたこと。伝えても伝わらないという経験を、何度も積み重ねてきたこと。そういうことの積み重ねの上に、「元夫のせいだ」という考え方ができあがっていたのだと思う。

自分の「一人でやった方が早い」という感覚や、元夫に相談することを諦めていたことも、夫婦関係がうまくいかなかった一つの要因だったのかもしれない。

だからといって、すべてが私の考え方の問題だったとも思わない。夫婦で相談したり、一緒に決めたりすることが少ないまま、それぞれが自分のことをやる。そんな家の中の状態が、長い時間をかけてできあがっていたことも事実だった。

こうして当時のことを一つひとつ振り返ってみても、離婚したことは正解だったと思う。

ごくたまに、あのまま結婚生活を続けていたら、今頃どうなっていたのだろうと考えることがある。

そう考えると、ゾッとする。

夫婦関係が変わることも、生活が楽になることも、この家では何一つ叶わなかった。

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