仕事が遅かった本当の理由
子どもたちが小さい頃、元夫の帰宅はいつも日付が変わる頃だったので、物理的に子育てに関わる時間はなかった。
私の勝手な想像でしかないが、元夫は、私にガミガミ文句を言われたくなかったから、仕事を理由に遅くまで帰ってこなかったのではないか。ある時から、ずっとそんな思いを抱えていた。だが不思議なことに、子どもたちが少しずつ大きくなり、手がかからなくなると、徐々に帰宅が早くなった。
家庭内別居状態になると、私より早い時間に帰宅していることが日常となった。
『やっぱり子育てから逃げていたんだ。だからあんなに遅く帰ってきたのか?』転職の影響もゼロではないだろうが、私はずっと疑っていた。
私は、不満を抱える度に何度も元夫に訴えていた。その不満から逃げるために、仕事を理由に夜中まで帰ってこなかったのではないか。
一人で何もかも負担するのは、いくら若かった私でも体力的にきつい。少しは助けてほしい。だから、家事育児に協力してほしいと訴える。
その訴えに、元夫はほとんどまともに返事すらしない。気のない返事が返ってくるだけなので、会話は成立しなかった。

「手伝ってやっているだろ」
たまに口を開いたかと思ったら、「手伝ってやっているだろ」と、怒鳴り気味に返されるだけだった。
「手伝ってやっているだろ」。何度言われたのだろうか。
私はその言葉が大嫌いだった。その言葉を言われる度に、心が消化不良を起こす。なんとも言えないモヤがかかった気持ちになる。
今の私なら、その言葉の背景にある元夫の価値観に矢を向け、論破するだろう。
「家事育児は母親がするべきこと、母親の仕事だという決めつけで、そこに参加している自分を素晴らしいとか、バカなことを思っているんだよね? だから『手伝ってやっている』なんて言葉を偉そうに言えるんだよね?」
「仮に、私が専業主婦だったとしても、『手伝ってやる』と言われたら、私はそれに激しく反論する。どんな立場であれ家事育児は夫婦で協力するもの。それに私はあなたと同じように働いていて、同じように時間はない」
「そんなことも分からず、『手伝ってやっている』なんてヌケヌケと言えてしまう。その考え方が間違っていることにも気づけないんだね?」
こうして今の年齢や経験を重ねた私なら、いくらでもふてぶてしく論破できる。しかし、当時の20代の私には、そんな度胸も余裕もなかった。
何度も言われ続けるうちに、そのモヤモヤの正体を自分なりに分析できるようになってきた。ただ、それを伝えようとすると、思いが溢れ、言葉に詰まり、思うように話せないことが何度もあった。
今さらながら、よく一人で頑張って持ち堪えたなと思う。
最初から見ている景色が違っていた

元夫は、「母親の仕事である家事育児。本来母親がやるべきことを、手伝ってやっている自分はすごい」という考え方。
私は、「夫婦で協力して家庭を支えるもの」という考え方。
最初から見ている景色がかけ離れていた。だから、何を話しても噛み合うはずがなかった。そもそも話し合いにすらならなかった。
あるとき、私は自分の一日のスケジュールを書き出し、それを元夫に突きつけた。
5:30 起床
5:45 夕食の下ごしらえ
6:30 洗濯
……
保育園の送り迎え、夕食の支度、お風呂、寝かしつけ。一日に自分がやっていることを書き出し、「これは私は全部一人でやっている」と伝えた。色々書いて見せたけど、なんの興味も示さなかった。返ってきたのは、「母親の仕事だろ」その一言だった。
私はもっと関わってほしかった。元夫は、母親なのだから一人でやるのが当たり前だと思っていた。
最後まで、その歪んだ価値観が変わることはなかった。
もし、元夫がこの記事を読んだとしても、「何を言っている、手伝ってやっていただろ」と、きっと相変わらずキレ気味に返してくるのだろう。それでも、あの頃の孤独だった私に、「間違っていたのはあなたじゃない」と、今ははっきりと言い切ることができる。



コメント