2026-08

モラハラ

気づいてほしかった、それだけだった|モラハラに気づくまで Vol.11

雪の朝、下の子をおんぶし、上の子を留守番させて資源ゴミを出しに行った。台車を引く私の横を、元夫は何も言わずに通り過ぎて出勤した。ワンオペ育児で保育園への送り迎えも全部一人。気にかけてくれたのは、家族ではなく通りすがりの人だった。
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「手伝ってやっているだろ」その言葉が嫌いだった|モラハラに気づくまで Vol.10

『手伝ってやっているだろ』その言葉が大嫌いだった。家事育児は母親の仕事、そう思い込んでいた元夫。一方、私は夫婦で協力して家庭を支えるべきだと思っていた。最初から見ている景色がかけ離れていた。だから何を話しても噛み合うはずがなかった。
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喧嘩にすらならなかった、一方通行の訴え|モラハラに気づくまで Vol.9

復職しても育児は全て私の仕事だった。保育園の送り迎けから寝かしつけまで。夜泣きで睡眠不足でも『母親なら当たり前』という風潮の中で。元夫は帰宅して食べて寝るだけ。『イクメン』という言葉が作られた理由が、その時代の理不尽さを物語っている。
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復職してからも、育児の負担は変わらなかった|モラハラに気づくまで Vol.8

「復職しても育児は全て私の仕事だった。保育園の送り迎けから寝かしつけまで。夜泣きで睡眠不足でも『母親なら当たり前』という風潮の中で。元夫は帰宅して食べて寝るだけ。『イクメン』という言葉が作られた理由が、その時代の理不尽さを物語っている。
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あの頃の「折半」は、公平ではなかった|モラハラに気づくまで Vol.7

完全に折半だった。でも食べる量は全く違う。作る食事も作るのは私。入籍前から、私が負担する側という関係が出来上がっていた。その不公平さを伝えても『細かいことをぐちぐち言うな』と取り合ってもらえなかった。それは気づけなかったモラハラの芽だった。
モラハラ

婚姻生活の始まりは、小さな違和感の始まりだった|モラハラに気づくまで Vol.5

「新婚旅行先も元夫に決められた。マンション購入も私の意見は聞かれなかった。引っ越し後、新居には私の荷物を入れるスペースすらなかった。別々の出来事に見えたが、すべて同じパターンだった。モラハラの芽はここから始まっていた。
モラハラ

モラハラの芽はどこにあったのだろう|モラハラに気づくまで Vol.6

新婚旅行、マンション購入、引っ越し。別々の出来事に見えたが、すべてに共通していたのは『話し合いがない』『意見が必要とされない』『判断は元夫が決める』という関係性。23歳と29歳の年齢差。『良妻賢母』という時代背景。モラハラの芽は、ここから始まっていた。
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新婚旅行の行き先すら私は意見できないのか?|モラハラに気づくまで Vol.4

結婚前の新婚旅行の行き先すら、話し合うことなく元夫が決めた。私の意見は聞かれることもなかった。日常のことも『なんでもいい』と興味を示さない。その繰り返しの中で、夫婦の距離は少しずつ開いていった。モラハラの始まりはここにあった。
モラハラ

モラハラだと気づいたのに、また自分を疑った|モラハラに気づくまで Vol.3

テレビでモラハラだと確信した。でも調停では『モラハラは離婚理由にならない』と言われた。女性弁護士は認めてくれたのに、男性たちは全員否定した。やっと見つけた答えなのに、また自分を疑うようになった。
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家庭内別居10年、あの頃の私に伝えたいこと|モラハラに気づくまで Vol.2

テレビでモラハラだと確信した。それなのに調停では『モラハラは離婚理由にならない』と言われた。女性弁護士は認めてくれたのに、男性たちは全員否定した。やっと見つけた答えなのに、また自分を疑うようになった。
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