子どもが成人したら離婚しようと決めた日|夫婦の違和感 Vol.3

夫婦の違和感

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10年後に離婚することを決めた

家を建てるための土地について話し合っていた時のこと、本来なら楽しいはずのその時間が、私にとっては離婚を決意した日となった。

子どもたちがまだ小さかった頃、マンションから戸建てへ買い替える話が持ち上がった。戸建てに住み替えることは、私も賛成というか、どちらかというと私の意見だったと思う。

建売住宅にするか、注文住宅にするか。休日のたびにいろいろ見て回り、「注文住宅がいいね」と話はまとまった。問題は、どこに土地を購入するかだった。

私は、納得できる場所を時間をかけて探したかった。私とは反対に元夫は、購入を急いでいる様子だった。後から聞いた話によると、その頃40代半ばだったため、「これ以上年齢が上がると住宅ローンが通りにくくなる」と考えていたらしい。

いくつか土地を見て回るうちに候補は出てきたものの、私はしっくり来る場所があまりない。その一方で、元夫には気に入った土地があった。

ただ、その土地は私の職場からかなり遠くなる。片道30分以上、往復では一時間以上も通勤時間が長くなる場所だった。

公共交通機関はバスのみで、最寄り駅までは徒歩で一時間以上かかる。普段は車を使うとはいえ、鉄道の駅が徒歩圏内にない生活は私にとって大きな不安だった。それまで駅やスーパーが近い場所に住んでいた私は、できるだけその環境を変えたくなかった。

子育てをしながらフルタイムで働く私にとって、毎日の通勤時間が一時間以上長くなるのは大きな負担だった。買い物ひとつとってもかなり不便。

「もう少し通勤しやすくて、生活しやすい場所がいい」

そう伝えた私に返ってきた言葉は、今でも思い出すと心がざわつく。

「誰が働けと言った?」
「俺に合わせなくてどうする?」元夫はそう言った。

「家事も育児も全くやらないのに、よくそんなことが言えるね?」と返す私に、

「働きたいなら、パートでもなんでもいいだろ!」と怒りで返された。

もう私は言葉を返すのをやめた。こんな人に何を言っても、無駄な争いになるだけだと思った。

「子どもたちが成人したら、離婚しよう」

そう心に誓った。それまでも、この人と添い遂げるのは難しいかもしれない、何度もそう思うことがあった。その言葉は、私の中で決定打となり、静かに離婚を決意した瞬間だった。

2人の子どもたちはまだ小学生。すぐに離婚するのは現実的ではない。これから学費など大きなお金もかかる。片方の収入だけで全部を賄うのは厳しいと思う。

「この子達が成人する10年後に離婚をしよう」

そう心に誓った。

「土地の購入契約をした」と連絡が入った

それから数日して、私の勤務中に連絡があった。

「土地購入の契約をしてきた」と。
「あ、そう」とだけ私は返した。

私は婚姻当初から正社員として働き続けていたが、元夫は家事や育児にはまったく協力しない人だった。

毎朝早く起きて洗濯をし、朝食を作り、夕食の下ごしらえをする。子どもを保育園へ送り、そのあと仕事へ向かう。仕事が終われば迎えに行き、夕食を作り、お風呂に入れ、寝かしつける。

そんな毎日を送っていた。そこに元夫の存在はない。すべて私一人が担うのが当然だった。

勝手に土地の契約を済ませてきて、私の通勤問題はどうなるんだろうか?保育園の頃に比べたら、かなり手はかからなくなってきているとはいえ、それまで以上に私に負担がかかることを、やっぱりこの人は想像できないんだと改めて思った。

住宅ローンが通らない

土地の契約の後、自宅の建築にかかる費用、そこから頭金を差し引いた額の住宅ローン申請をした。残念ながら元夫の収入だけでは希望額の審査が通らない。住宅会社の方から「奥様の収入を合算すれば希望額は通ります」と言われ、源泉徴収票を提出した。

ここで拒否すればよかったのに。なぜ素直に提出したのか?そしたら離婚ももっとスムーズだったかもしれないのに。

私の収入を合算して、ようやく希望額の住宅ローンが通った。つまり、この家は私の収入があって初めて建てられる家だった。

「誰が働けと言った?」

そう言った人が、私の収入を必要としていた。その矛盾に気づいたのは、ずっと後になってからだった。

それから11年後。子どもたちは就職や進学を機に、それぞれ家を出た。私も元夫には何も告げず、家を出た。

自分の意思だけで住む場所を手に入れた。誰にも頼らず、誰にも支配されない生活。待ちに待った夢の実現だった。あの日、心の中で決めた約束を、私は11年後にようやく果たした。

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いつから私の意見は聞き入れられなくなったのか。子どもが小さい頃は、まだ対等だったはずなのに。気づけば、私の主張は全て無視され、元夫の都合だけが優先される生活になっていた。その転機は、いつだったのか。

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