外貨建保険500万円分が記載されていない

財産目録を提出しない元夫から、今度は外貨建一括払い保険について指摘が入った。
「妻は外貨建保険を隠している」
なんで?どういうこと?背筋がぞっとした。
その保険は家庭内別居になってから契約したもので、元夫が知る機会などないはずだったのに、
「どうして知っているんだろう」
「いつどうやって把握されたんだろう?」
心の中がパニックになりながら、元夫への恐怖心が蘇る。
同時に、男性調停委員は
「隠しているんですか?」
「この話は本当ですか?」
詰問されているように感じた。
毎回思うのだが、財産目録を提出しない元夫の要望通りに調停が進み、私はいつも追い込まれる立場、そんな風に感じていた。
私あての郵便物を確認したのか?
私の部屋の中を常に探し回っていたのか?
その疑問をぶつけた。返ってきたのは、想像を超えた架空の物語だった。
余談だが、「妻」と書面に書かれることに、私はとてつもない嫌悪感を感じていた。妻でいたくないから逃げてきているのに、書面上致し方ないとは分かっていたが気持ち悪い(笑)
私は、元夫への書面には“そちら側”“そちら側さん”としか書かない、「アンタとは他人」という思いを込めて書き連ねた(笑)
保険の存在を知った理由

それを把握した理由について元夫へ詰問した。
常に私の部屋を探っていたのか?
私あての親展の郵便物を無断で開封したのか?
それであれば
『信書開封罪に該当する』と反論書面に書いた。
返ってきた答えは、
「妻はだらしなく掃除もしない。リビングにはゴミが散乱していて、ゴミ箱から溢れたゴミの中に破り捨てられた封書があり、それをたまたま見つけた」
家庭内別居を続けていたその家のリビングは、かなりスッキリしていた。元夫と鉢合わせする可能性のあるリビングで過ごすことはなく、私物を置くなんてありえない。
もちろん、元夫がリビングで過ごすなんてこともない。前々からリビングで過ごすことは少なく、自室に篭りっぱなしの生活スタイルだった。
家族という存在はいたけれども、自分の時間を最優先にする人だった。
そんな生活なので散らかりようがなかったが、リビングの片隅にある、元夫のパソコンスペース周辺には書類が山積みになっていた。そのスペースが視界に入るたびにイラっとする。
それまでに何度か
「紙類を片付けてほしい」
と伝えると片付けたことはあったが、見た目はあまり変わらない。書類の山を並び替えただけ、書類を少しきれいに並び替えてある。
そんな感じで、不要なものを処分するという概念はないらしい。元夫と私の片付けるという概念が違いすぎた。「捨てるものはない」といつも言う。
もしかしたら、世間では当時、配偶者という立ち位置にいた私が、片付けとはどういうものか?と手取り足取り指導しなければならなかったのかもしれない。
俗にいう、『夫育て』、母のように優しく接して、手のひらで転がすのがいいのかもしれない?
だけど、私にはそんな度量の広さも深さもない。無理です(笑)
話を元に戻すと、そんな元夫の部屋はさらに酷かった。ベッドの周囲には書類、雑誌、DMなどが50cm近く積み上がり、床がほとんど見えない状態。
収納を開ければ物がぎっしり詰め込まれ、今にも雪崩れてきそうだった。
窓を開けて換気もしなければ、カーテンの開け閉めもしないので、暗くて淀んだ空気の上に、加齢臭が‥、部屋に入ることなどほとんどないが、息を止めたくなる(笑)
そんな人から、
「妻はだらしなく掃除もしない」
などと言われる筋あいもない。
それと、この保険を契約したこと自体、私にとって苦い経験だった。
細部まで理解しないまま大きな金額を一括で払い込んでしまったが、外貨建一時払い保険は、長期運用を前提とした商品でありながら短期間で解約されるケースが多く、金融庁からも度々注意喚起が出ている商品である。この経緯については、別の記事で詳しく書こうと思う。
それはさておき、元夫の主張に話を戻すと、
その主張ダサくないですか?

そもそも、本当にゴミが散乱していて困っていたなら、自分で片付ければ良い話。
「だらしない」と批判する一方で、掃除は妻がやるものだという前提だけは崩れていない。これもまた、元夫の人物像をよく表している出来事だった。
その時は気づかなかったが、妻がフルタイムで働いていようともいなくとも、妻は家のことをやるべきという元夫の思想をあらわにしただけの滑稽な反論だったように思う。その時は必死すぎて気づく余裕もなかった。
元夫は自分の正当性を装いながらも、自分の昭和価値の思想を露呈していることに気づかなかったのか?ダサいダサすぎる(笑)
この時、財産分与の本筋とは関係のない話に振り回され、自分の時間と心を消耗してしまったことが問題だったのだと思う。
調停では、事実ではないことや感情的な主張が出てくることも少なくない。そのたびに反論したくなるけれど、すべてに付き合っていると、自分のエネルギーばかり奪われていく。
今なら、さらりと軽く受け流すか、矛盾点をついて論破して釘を刺す(笑)
当時の私には到底できなかったけれど、それもまた調停を経験したからこそ得られた学びの一つだった。



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