「もう疲れました」
前回は、人生でいちばん嬉しかった日のことを書いた。
弁護士から缶コーヒーをもらい、帰り道にはケンタッキーで一人離婚祝いをした。あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。ただ、あの日にもう一つ印象に残っている出来事があった。
調停委員から聞いた、元夫の最後の言葉が、私の心に強く引っかかっていた。調停で離婚を承諾した時、元夫は「はい、分かりました。もう疲れました」と、憔悴しきった声で答えたという。その話を聞いた時、私は嬉しさとは裏腹に、不思議な感覚になった。
「疲れてたの?そうだったの?憔悴しきった声って?」
あんなに阿漕な主張を次から次へとぶつけてきた。財産目録は出さない。調停委員に何度も何度も強く言われた後に、ようやく提出したかと思えば、毎回、新しい主張をして、調停を引っ掻き回していた。
怒り狂った元夫は、私を痛めつけるために、嬉々としてやっているとしか思えなかった。それが元夫の趣味的思考なんだとさえ思っていた。その異常とも思える行動の影響で、そのたびに、離婚が遠のいていく。
そんな状況がずっと続いていたので、「もう疲れました」と、元夫が言ったという言葉は、驚きを隠せなかった。
疲れ切っていたのは、私なのに。こんなに引っ掻き回したのは、そちらだよね。なんて勝手な人。そんなことを思っていた。

離婚届だけは自分でやることにした
その後、調停委員から、裁判官が離婚の書類を作成するので少し時間がかかること、その書類を持って離婚の手続きをしてくださいと説明があった。調停離婚の場合、裁判官の証明が必要なことなども教えてくれた。
元夫側からは、「離婚届の提出は、まりこさんにお願いしたい。」と伝えられた。
「はい、喜んで引き受けます。私がやります!」
一日でも、一時間でも早く、この離婚を成立させたかった。それくらい、一刻も早く他人になりたかった。本来、調停の申立てをした側が、最後は離婚の手続きを行うことになっているらしい。
そういう決まりがあったとしてもがあったとしても、私は、その大事な手続きを元夫に託すことはできなかった。
……そういえば。
勝手に離婚届を提出されないように、あの家から逃げる前に「離婚届不受理申出」の手続きをしていたことを思い出した。
当時、私は元夫に何も告げず家を出ることを決めていた。勝手に家を出た私に、元夫が財産分与に応じるとは思えなかった。私は財産分与を受ける権利を守りたかった。離婚したいのに、そんな申出をするのはなんだか変だよねと思いながら、手続きをしたことを思い出した。
私の知らないうちに勝手に離婚届を提出され、「もう離婚したのだから財産分与はしない」と言われかねない。そんなことを考え、私なりの防衛策として「離婚届不受理申出」の手続きをした。
結局、その手続きが役に立つことはなかった。「この人ならやりかねない」と思っていた。
学資保険の残金92万円を勝手に解約し、難癖をつけて、そのまま返さない。そんなことを平然とやってのける人だった。私は、そんな元夫のことを全く信用していなかった。信用できるはずがなかった。
黙って逃げるしかなかった

家を出たのは、この日から一年半以上前。元夫は、私が無断で家を出たことを、プライドを踏みにじられたと感じていたのかもしれない。家を出る前も、そうなることは予想できた。それでも話し合いなんてできる状況ではない。無断で逃げることが私の最善策だった。
それが、ここまで離婚を長引かせた理由の一つだったのだろうか。本当のところは分からない。黙って逃げることしか選択肢はなかった。
元夫も離婚したい意思は同じだと思っていた。無断で逃げることに対しては、怒り狂うかもしれないとは思っていたが、離婚自体は簡単に進むと思っていた。
協議離婚で終わると思っていたし、まさか調停に持ち込まれ、弁護士を立てることになるとは、全く想像していなかった。
そして私は、「もう疲れました」と答えた元夫のすぐ隣で、もう一つ信じられないやり取りがあったことを、調停委員から聞かされることとなった。



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