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「今ここでやめたら、お金が入りませんよ」
前回の記事の最後で少し触れたが、調停委員から聞かされた話がある。
「はい、分かりました。もう疲れました。」元夫がそう答え、離婚を受け入れた、その直後、元夫の隣にいた弁護士は、すぐに声をかけたらしい。
「今ここでやめたら、お金が入ってきませんよ」
「まだ答えを出さなくてもいい」
「早まってはダメです」
そのやり取りは、複数回繰り返されたらしく、元夫の弁護士は、かなり強い口調で、離婚を受け入れることを考え直すように説得していたという。悪く言えば、煽っていた。
なぜ調停は終わらなかったのか

「なるほどね」なんとなく腑に落ちた。
調停が始まってからというもの、毎回、新しい主張が出てくる。財産目録は出さない。ようやく提出したと思えば、今度は新しい要求。一歩も前に進まない。
「何のための調停なのか。何のために時間を割いて、こんな話をしているのか。」
そんな思いばかりが募っていった。毎回の調停が終わるたび、何も進まない徒労感と、離婚できない絶望感。解決に向かう兆しがない閉塞感。
そんな思いが、調停を重ねるたびに積み重なっていった。
調停委員から聞いた話では、この最後の場面に限らず、元夫の弁護士は、調停中も常に横から口を挟んでいたらしい。
弁護士の役割とは何だろう
私が思う弁護士の役割は、依頼者の利益を最優先で守り、一日でも早く問題を解決へ導くことではないだろうか。それなのに、離婚や財産分与の話を引っ掻き回して、解決を遠ざけるようなことをして、何になるのだろう。
最終的に決断するのは元夫本人であり、弁護士が決めることではない。
依頼者本人が「もう疲れました」と離婚を受け入れようとした、その瞬間に、その言葉を一度受け止めるのが弁護士の役割ではないのか。
それが本心なのか、その場の流れに折れただけなのか。その辺りを見極めながら、依頼者をサポートしていく立場ではないのか。離婚を望んでいる依頼者なら、できるだけ早く新しい人生を歩めるよう支える。
そんな考えは、私の勘違いだったのか?
私は、その場にいたわけではないので、実際のやり取りをすべて見たわけではない。調停委員から聞いた話であり、弁護士にも、その時なりの考えがあったのかもしれない。
それにしても、私には到底、理解できなかった。依頼者本人が「もう疲れました」と離婚を受け入れようとしている。その言葉を聞いてもなお、「まだ答えを出さなくてもいい」と引き止める。
それは、本当に依頼者のためだったのだろうか。私は、弁護士という仕事は、依頼者の利益を守ることだと思っていた。その利益は、お金だけではない。
一日でも早く問題を解決し、新しい人生を歩み始めることも、依頼者にとって大切な利益ではないのだろうか。依頼者にとって不利な条件であれば、一度立ち止まるよう助言することもあるだろう。冷静になるよう促すこともあるだろう。
あの時の元夫は、「もう疲れました」と憔悴しきった声で口にしている。その言葉の重さを、一番近くにいた弁護士は、どう受け止めていたのだろう。
長引いた理由は一つではなかった

この話を聞いたことで、それまで感じていた違和感が、一つにつながった。全く進まない調停について、元夫の一存ではないような気がしていた。元夫は私にとっては、モラハラで厄介な存在だった。
それにしても、こんなこと主張するかな?なんか違う気がするけど?どこか違う力が働いていないか?そんなことを感じていた。
なんとなく、私が感じ取っていたことは、間違っていなかったのかもしれない。もちろん、事実は分からない。この調停が、両者にとって有益だったとは思わずにはいられない。
この話を聞いた時、隣にいた私の弁護士が「やっぱり」とつぶやいた。「話が通じない」「変な人たち」そうつぶやいてもいた。
私だけが違和感を抱いていたわけではなかったらしい。
この記事を書きながら、改めて思う。何度も調停を引っ掻き回され、そのたびに資料を作り直し、大切な時間を奪われた。その思いは、今も変わらない。
私は、人一倍、自分の時間を大切にする人間なのだと思う。お金は取り戻せても、失った時間は二度と戻らない。
だからこそ思う。依頼者の利益だけを考えれば、それでいいのだろうか。相手方にも人生があり、仕事があり、限られた時間がある。その時間を奪うことについて、何も感じないのだろうか。法律の問題とは別に、人としての温情はないのだろうか。
今でも、あの調停を振り返るたびに、そう考えずにはいられない。
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