心も体も限界に近づいていた
まだまだ続く元夫と、その弁護士からの攻撃。私は負けじと反論していたが、心も体も限界に近づいていた。精神安定剤を飲みながら出勤し、会社の上司からは
「少し休んだ方がいいんじゃないか」
「休職も考えたらどうだ」
そう言われていたが、休むことも怖かった。家にいれば考え込むばかりで、さらに悪化するような気がした。当時の私は、声もまともに出せていなかったらしい。後になって同僚から、
「あの頃、全然声が出てなかった」と言われた。
自分では必死に隠しているつもりだったが、周囲から見れば限界だったのだと思う。
果てしなく続くように感じる、あの人たちからの理不尽な攻撃。
次はどんな攻撃が来るのか分からない恐怖。
離婚できないかもしれないという不安。
どうしたらいいのか分からなかった。

藁にもすがる思いで縁切りを願う
そんな私は、少しでも楽になりたくて、藁にもすがる思いでネット検索を繰り返していた。
どうしたら縁を切ることができるのか。
どうしたら早く離れることができるのか。
そんなことばかり考えていた。
「嫌いな人 離れる 方法」
検索窓にそんなワードを入れて、見つけた方法はいくつか試してみた。
*元夫と弁護士のフルネームを書いて、念を込めて燃やす。
*元夫と弁護士の名前を書いて、怨念を込めながらビリビリに破り捨てる。
それも、筆で書いた方が効果がありそうな気がして、わざわざ筆で書いてみた(笑)
やれることは何でもやってみて、それをやることで、気を紛らわせていたのかもしれない。
もっと何かないだろうか。そう思ってさらに検索しているうちに、「縁切り寺」の存在を知った。
世の中には、こんなところがあるんだ…
縁切り寺へ通うようになった

全国にいくつかあるが、自宅から比較的近いお寺へ何度か足を運んでみた。
そのお寺で墓地の管理をされている方が、優しく迎え入れてくれる。
うんうん、と話を聞いてくれる。
「大変だったね」
「でもね、これがずっと続くわけじゃないんだよ」
「今だけ、今だけ。乗り越えられるよ」
ただ、それだけの言葉なのに、ものすごく心が軽くなった。救われたような気持ちになった。
花びら型の紙に縁切りしたい人の名前や願い事を書いていく。
灯されたろうそくの火にかざしながら、一枚一枚唱えて燃やしていく。
「辛いことは吐き出さないといけないよ」
「またいつでもおいでよ」
その言葉に救われ、私は度々訪れるようになった。
絵馬には元夫と弁護士の住所と名前を大きな文字で書き、文字が見える面を表にして、人目に晒して願掛けをする。
境内にある御神木をまわって願掛けをする。
住職さんによる30分ほどの特別祈祷も受けた。
住職さんも、ゆっくりと話を聞いてくれた。
行くたびに縁切り守りを購入する。その数だけ、同じお守りが増えていった。
縁切り寺って聞くと、私のように今後関わりたくない人との縁をきる願掛けに来る人もいれば、自分の悪い癖を断ち切る(禁煙、禁酒)とか、人への依存を断ち切るとなど、そういった意味の縁切りで訪れる方も多いそう。

救われたかった
縁切りの願掛けをして、一時的に心が軽くなっても根本的な問題は何一つ解決していない。またすぐに深い闇へ沈んでいく。
行くたびに縁切り守りを買っていたので、縁切り守りの数ばかりが増える。私はいつもどこかに救いを求めていたのだと思う。
こんな闇深いこと、誰にも話せない。
調停を申立てられていることを、子どもも両親も知らない。そんな話をするための時間を共有すること自体が嫌だった。
友人にも話せない、話したくない。
同僚の何人かは調停をしていることを知っていたが、こんな話を自分の口で説明する気にはなれなかった。
本当に苦しかった。
苦しくて、苦しくて、どうにもならなかった。
心は壊れているのに闘うことはやめられなかった
不思議なことに、元夫からの自己中心的かつ呆れ返る主張には必ず反論していた。そこだけは急に闘志が湧いてくる。
心はボロボロなのに、「絶対に負けるものか」という気持ちになる。
普段は声も出ず、かすれ声なのに、調停の場になると別人のように口調がはっきりする。
完全に臨戦態勢だったと思う。
心は折れそうなのに、闘うことだけはやめられなかった。
私の心をさらに追い詰めるように、元夫たちからの攻撃はまだ終わらない。私を追い詰めることを趣味にしているのではないかと思えるほどだった。
元夫も、その弁護士も、もはや私にとっては憎むべき対象でしかなかった。
もっとも、この人たちの行動は、まだまだ私の想像を超えてくることになるのだが。


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