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書類を作成するのは私の担当?

離婚調停というと、弁護士が必要な書類を作成してくれるものだと思っていた。少なくとも私は、そう思っていた。それなのに実際には、財産目録も主張書面も反論書面も、自分で作成する流れになった。
私の契約内容がそうだったのか。今となっては詳細も分からない。そういえば、正式な契約書を交わした記憶もなく、手元にあったのは手書きの領収証だけだった。
それはさておき、弁護士との会話で、私が書類を作成する流れになった。「私が作るんですか?」という驚きの質問に、「自分で作って」と、ごく当たり前のことのように言われ、丸投げされたように感じた。
「自分で作って」と言われたところで、財産目録、主張書面、反論書、データでのフォーマットもない。ExcelとWordで自分で一から作成する。
私はパソコンも持っていたし、普段から使っているので問題ないが、そうじゃない依頼者の場合、どうしているのか?と疑問に思うこともあった。
諸々の書類は、調停委員が前もって目を通すために、調停の何日か前までには家庭裁判所に提出しなければならない。
仕事を終え、夜な夜な書類を作成する日々。元夫から届いた書面を読み返し、嫌な出来事を思い出し、一つひとつ反論を書いていく。作業をするたびに、心が削られていった。
それでも、作らないわけにはいかない。今振り返ると、よく一人でやっていたと思う。
元夫からの書面には全て反論する
元夫からの文句や指摘だらけの主張書面には、一つひとつ必ず反論する。
ほぼ全てが、私が提出した財産目録に対しての指摘や文句だった。元夫は最後の最後まで、財産目録を提出しなかったのに、出るわ出るわの文句の嵐だった。
それに対して、一つひとつ全部反論する。
今思うと、よくあんな気力があったと思う。とにかく反論せずにはいられなかった。事実と違うことがたくさん書かれていたし、ありえない主張も沢山書いてあった。
そもそも、この離婚調停を申し立てたのは元夫だった。その中で財産分与が大きな争点になっていたにもかかわらず、元夫は財産目録すら提出していない。財産を公平に分けるための資料がないので、同じ土俵にも立てていない。
そんな人を相手に、何一つ反論する必要はなかったのではないか?
あの夜な夜なの作業は無駄な努力だったのか?もっと賢く、省エネモードで調停を乗り切れる方法もあったのではないかと思う。そう教えてくれる人がいたら良かったなと今でも思う。
私の様に全てに反論せずに、本筋と関係ないことを受け流す力が必要だったと思うが、私にはそれができなかった。
私は面倒な人?
元夫側にとって私は面倒な人だったと思う。
財産目録の記載漏れを指摘されれば反論。
年金分割で意味不明な主張をされれば反論。
私がだらしない妻だったと言われれば反論。
反論できそうなものは全部反論した。
そして、毎回の反論書面が長い。ある時は、A4サイズで9枚にも書き連ねたこともあった。
「書類の作成お疲れ様」
「よくこれだけ一人で書いたね?」
「読むのが大変なので、もう少し短く」
と笑いながら、調停委員に言われたことがあった。言われた内容はともかく、少しだけ努力が認められた。そんな気がした。
ただ、元夫からの文句と指摘に全部反論したら、そうなっただけだった。調停委員に分かってもらいたかった。
なぜそこまで必死だったのか?自分の正しさを証明すれば、調停が有利に運ぶ、正しく判断されると思っていた。だから、調停委員に分かってもらいたかったのだと思う。
相手の言っていることはおかしい。ちゃんと説明すれば理解してもらえるはず。そう信じていた。
財産分与がなされればそれで良いわけで、調停委員に相手の理不尽さや自分の正しさを理解してもらうことがゴールではない。
あれ?私が混乱させていたのか?
元夫側からすれば、多分、私は面倒な人だったと思う。
ありとあらゆることに噛みついてくる。元夫が理解していないであろう制度や仕組みについても、あえて細かく書いた。
標準報酬月額、算定基礎、将来の年金額、特定口座の税率……。元夫が知らないであろう単語をあえて並べ、すんなりとは理解できないような書き方もしていた。どうせ反論するなら、相手が理解するのに時間がかかるような書き方を意図的にやっていた。
元夫の訳の分からない主張に散々振り回されていた私は、相手を混乱させるような言葉を並べる。
性格悪いな、私(笑)
その結果、元夫からは訳の分からない反論が返ってくる。今になって思う。
あれ?もしかして私が混乱させていたのか?
離婚調停の渦中にいると、とにかく負けたくなかった。だから反論する。さらに反論する。そしてまた反論する。
元夫やその弁護士からしても、かなり面倒な敵だったと思う。反論するし引かないし、あっち側の弁護士からしても、レアキャラだったのでは?と思う。
今ならもっと力を抜くと思う。
あの頃の私には、それしかできなかった。
負けたくなかったし、分かってもらいたかった。だから必死だった。無駄な時間もエネルギーも、たくさん使ったと思う。
それでも、あの主張書面や反論書を書き続けたことは、離婚調停を生き抜くための私なりの闘い方だったのだと思う。
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