男女2名いるはずなのに、女性調停委員の存在意義が最後まで分からなかった|離婚調停体験談 Vol.12

離婚調停

男女2名で構成されている意味を感じられなかった

前回の記事の最後で、
「あの女性調停委員も有識者だったのだろう。けれど、私には最後までそうは見えなかった」
と書いた。

もちろん、これは私が調停という限られた場面で受けた印象に過ぎない。
それでも、そう感じるに至った理由がある。
私の調停は男女2名体制だったが、実際には男性調停委員だけが話し、質問し、進行していた。

女性調停委員が冒頭の挨拶以外で言葉を発したのは、私の記憶ではたった一度だけだった。
調停の終盤、確か第5回〜6回目あたりだったと思う。それまで一言も発さなかったその女性調停委員が、男性の調停委員に促されるようにして辿々しく話し始めた。
ところが、人前で話すことに不慣れだったのか、わずか20〜30秒ほどで言葉に詰まり、慌てながら男性委員へ話を戻してしまった

多分、準備してきたセリフすら最後まで読めていなかった。そんな印象だった。

私と弁護士は思わず顔を見合わせた。一瞬、時が止まったような空気になったのを覚えている。
調停終了後、私と弁護士はすぐその話になった。
「あの人、何だったんですか?」
「あの人って調停委員ですよね?」
「何しに来てるんですか?」

毎回の冒頭の挨拶以外、その発言以外、後にも先にもそれ一回きりの発言だった。

私が見ていたのは調停という限られた場面だけであり、彼女がどのような経歴を持ち、どのような役割を担っていたのか、どのような意思を持って、調停委員という席に座っているのかは分からない。
少なくとも私には、男女2名体制である意味を全く感じることができなかった。

第一回目の調停でも、私は違和感を抱いていた。
男性調停委員から離婚理由を聞かれた私は、
「家事育児は完全ワンオペだったこと」
「誰が働けと言う割に、日々の生活費は渡されなかったこと」
「学資保険の残金92万円が入った通帳を勝手に解約され、持ち去られたこと」
などを説明した。

それに加え、事前に提出している主張書面にも離婚に至る理由を事細かに記入し、そして私が財産分与をする立場ではないこと、自分自身が受け取る立場であることを記入している。

前回の記事(Vol.11)でも書いた、あの男性調停委員からの『それが離婚理由になるんですか?』という信じられない失言。
あの瞬間、私は傷つき呆れると同時に、実は隣に座っている女性調停委員の反応をじっと待っていました。同世代の女性として、違う視点から助け舟を出してくれるかもしれない、と微かな希望を抱いていたからです。
──しかし、その期待は残酷にも裏切られることになります。

私は全て伝えなければと、
矢継ぎ早に話した時に返ってきた言葉が、
「それが離婚理由になるんですか?」だった。

私は思わず、
「私には重大な離婚理由になります。だから話しているんです。」と返した。

モラハラや経済的DVも離婚理由として広く認識されている。
このやり取りを通じて、男性調停委員との価値観の違いを強く感じた。
思考構造が昭和の価値観だと感じた私は、それ以上深く説明する気力を失ってしまった。

だからこそ、隣にいる女性調停委員の意見も聞いてみたかった。
同世代の女性として、違う視点があるかもしれないと思ったからだ。

男女の異なる視点で構成されていると思っていた調停委員。
その有用な機会は最後まで訪れなかったし、男女2名構成の意味をなさないどころか、男性調停委員1名体制と言わざるを得なかった。

モラハラや経済的DVは立派な離婚理由である。
的外れな質問をする男性調停委員にも呆れたが、その隣に座っていたはずの女性調停委員は何一つ発言しない。

その時も違和感を感じたが回を重ねるごとに、この人の存在価値を疑わざるを得なくなっていった。この方がどなたかに推薦されたのか、自ら応募したのかは知る由もない。

ただ、他人の人生の大切な局面に立ち会う立場である以上、何らかの見解を述べたり、今回のように男性一人の視点だけで話が進まないようにしたりすることも、もう一人の調停委員に期待される役割ではないのだろうか。

少なくとも当時の私には、そう思えてならなかった。

調停委員は当たり外れが大きいし、簡単に変更はできない

私の弁護士は当初、
「調停委員は当たり外れが大きい。選べないから運任せ」
「だから調停やってもね〜……どうかな」
とゴニョゴニョとぼやいていた。

その言葉の意味をあまり深く考えることもなかったが、何度か調停を重ねても何も進まない、
双方に公平でない進め方をする調停という場に、失望と絶望を抱かずにはいられず、その言葉の意味を嫌でも理解することになった。

全くことが進まない調停に同席しながら、
弁護士は何度かぽつりぽつりとこう言った。
「裁判にした方が早いかもしれませんね」
そう言われても、「裁判なんて無理です」と答えていた。

ただでさえ精神的に追い詰められているのに、さらに裁判までやるなんて考えられない、
元夫と1秒でも早く縁を切りたいと思っているのに、そんなことは到底受け入れられなかった。

今振り返ると、弁護士は調停そのものではなく、
この調停委員のもとで続く終わりの見えない話し合いに限界を感じていたのかもしれない。
「こんな調停を続けていても意味がない」
口数少ない弁護士がそう漏らしたこともあった。

人生の岐路に関わる大切な場所なのに、人選できずに簡単には交代できない。利用者側からすると、優しくない仕組みだと思った。

男性調停委員だけが一人で話して一人で進行していたのはなぜか?

今思うと、なぜ男性調停委員だけが話し、進行し続けていたのか?
男女2名体制なのだから、互いの意見交換や役割分担があってもよさそうなものと考えるが、私が見ている限りそのような場面は一度もなかった。

男性調停委員が質問し、
男性調停委員が説明し、
男性調停委員が結論をまとめる。

女性調停委員は隣にいるはずなのに、その存在を感じる場面はない。

電話調停だったため実際の様子は見えていない。
私が知らないところで役割分担があったのかもしれないが、私には、男性委員が一人で進めているようにしか思えなかった。

当時はコロナ禍だったにもかかわらず、調停はZoomなどのオンライン会議ではなく、電話機のスピーカー機能を利用した時代錯誤甚だしいスピーカーフォンによる電話会議だった。

相手の表情は見えない。
誰がどんな反応をしているのかも分からない。
オンライン会議のようにヘッドフォンもないから声も聞き取りづらい。

2021年当時、当然オンライン会議で行われるものだと思っていた

第一回調停当日に電話調停だと知り、驚きすぎて固まった。今この時代に、受話器を上げてスピーカー機能で話す。
人生の重要な話し合いを行う場所としては、あまりにも時代遅れでお粗末だった。調停委員の運用も、調停の進め方も、そして電話会議という仕組みも。
私には、そのすべてがどこか昭和のまま止まっているように見えていた。

人生の岐路に関わる大切な場所なのに、利用者は委員を選べず、交代もできない。せめて、その席に座る人たちには、それ相応の知識と対話力を備えていてほしいと願うのは贅沢なことなのでしょうか。

個人的には、モラハラや経済的DVへの理解を深める研修、世代による価値観の違いを学ぶ研修、当事者の話を整理しながら前に進めるための対話スキルを学ぶ機会は、もっと充実していても良いのではないかと思う。

少なくとも私が経験した調停では、その必要性を強く感じた。

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