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男女2名で構成されている意味を感じられなかった
前回の記事の最後で触れた違和感についてだが、調停委員は、男女2名体制のはずなのに、女性調停委員の存在を最後まで感じられなかったことだった。私の調停では、男性調停委員だけが話し、質問し、進行していた。女性調停委員が冒頭の挨拶以外で言葉を発したのは、私の記憶ではたった一度だけだった。
調停の終盤、確か第5〜6回目あたりだったと思う。それまで一言も話さなかった女性調停委員が、男性調停委員に促されるように話し始めた。人前で話すことに慣れていなかったのか、20〜30秒ほどで言葉に詰まり、慌てて男性調停委員へ話を戻してしまった。
私と弁護士は思わず顔を見合わせた。調停終了後、すぐに弁護士へ聞いた。「……あの人、何だったんですか?」「調停委員ですよね?」「何しに来てるんですか?」
毎回の冒頭の挨拶以外、その発言以外、後にも先にも、その一度きりだった。
第一回調停から違和感はあった
実は、その違和感は第一回調停から始まっていた。私は離婚理由として、
・家事育児が完全なワンオペだったこと
・働けと言われる一方で生活費は渡されなかったこと
・学資保険の残金92万円が入った通帳を勝手に解約され持ち去られたこと、などを説明した。
さらに事前に提出していた主張書面にも、離婚に至った経緯や、私自身が財産分与を受ける立場であることを書いていた。それでも男性調停委員から返ってきた言葉は、「それが離婚理由になるんですか?」だった。
私は、「私には重大な離婚理由になります。だから話しています。」と返した。私は話の通じなさと同時に、隣にいる女性調停委員が何か言ってくれるのではないかと期待した。同世代の女性として、違う視点から助け舟を出してくれるかもしれない。そんな小さな期待は、最後まで叶うことはなかった。
モラハラや経済的DVは、現在では離婚理由として広く知られている。だからこそ私は、男女2名体制である意味は、こういう場面でこそ発揮されるものだと思っていた。
なぜ男性調停委員だけが話し、進行していたのか
今思うと、なぜ男性調停委員だけが話し、進行し続けていたのか。男女2名体制なのだから、互いの意見交換や役割分担があってもよさそうなものだが、私が聞いている限りそのような場面は一度もなかった。
男性調停委員が質問し、男性調停委員が説明し、男性調停委員が結論をまとめる。女性調停委員は隣にいるはずなのに、その存在を感じる場面はない。
通話調停だったため実際の様子は見えていない。それでも私が聞いている限りでは、質問も説明も進行も、すべて男性調停委員が担っていた。私には、男性調停委員一人で進めているようにしか思えなかった。
私は、調停委員とは社会経験や専門的な知識を持つ人が選ばれるものだと思っていた。人前で20〜30秒も話せずに言葉に詰まるというのは、かなり残念に思えた。他人の人生の大切な局面に立ち会う以上、その席に座るなりの準備と覚悟は必要なのではないだろうか。そういった採用基準は裁判所にはないのだろうか?
調停委員は当たり外れが大きいし、簡単に変更はできない

私の弁護士は当初、「調停委員は当たり外れが大きい。選べないから運任せ。」と話していた。その言葉の意味を、当時はあまり深く考えていなかった。
調停を重ねても何も進まない。双方に公平とは思えない進め方で、一方を責め立てるだけの場となっていく。弁護士は何度か、「裁判にした方が早いかもしれませんね。」と漏らしていた。それは調停制度そのものへの不満ではなく、この調停委員のもとで話し合いを続けても前に進まない、と感じていたからなのかもしれない。
口数少ない弁護士が「こんな調停を続けていても意味がない」と漏らしたこともあった。その言葉を聞いた時、最初に言っていた「当たり外れが大きい」という言葉の意味を、嫌でも理解することになった。
利用者は調停委員を選べない。簡単には交代もできない。人生の岐路に関わる大切な場だからこそ、その役割を担う人たちには、それ相応の知識と対話力を備えていてほしいと思う。
世代による価値観の違いへの理解、当事者の話を整理しながら前に進めるファシリテーションのスキル、相手を傷つけずに意見を伝えるアサーティブなコミュニケーション、そしてモラハラや経済的DVへの理解。こうした学びの機会は、もっと充実していても良いのではないだろうか。
少なくとも、私が経験した調停では、その必要性を何度も痛感することになった。
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