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なぜ離婚調停で、今さら離婚理由を聞くの?

そもそも、無断で逃げてきた私に対して、元夫が離婚調停を申し立ててきた。なぜ今さら離婚するか、しないかの話をしているのか不思議だった。
離婚一択に決まってるじゃん!元夫が一番最初に送ってきた書面にも「離婚の意思がある」と書かれていた。私も離婚を望んでいる。離婚すること自体は、お互い了承済みだと思っていた。
元夫が問題にしているのは財産分与。それなのに、なぜ今さら離婚理由を聞くのだろう?
今思えば、調停委員なりの意図があったのかもしれない。それでも当時の私は、離婚理由よりも財産分与の話を進め、早く離婚して自由になりたい、この状況から解放されたい、そんな気持ちでいっぱいだった。
離婚以外の選択肢はないはずなのに、元夫はこの質問をどう聞いているんだろう?そんなことまで気になった。
限られた短い時間なのに、理解されないのなら、そんなことはもうどうでもいい。早く本題に入れないのか?
なんだか回り道をしているようで、本題以外のことに気力を使い、すでにこの時点でかなり疲れていた。
モラハラの話をしたかったのに、家事育児の話で終わってしまった

モラハラの話をしたかったのに、男女の役割分担みたいな話で終わってしまった。モラハラについて一生懸命説明したのに、返ってきたのは「家事育児をやるのは当然でしょう」という言葉だった。
私が伝えたかったのは、そういうことじゃない。
長年積み重なったモヤモヤ感。人として見られていないような感覚。母親だって疲れるし、大変だと思うこともある。それなのに、私にはそんな感情すら認められていなかった。
どんなに疲れていても、どんなに体調が悪くても、自分を犠牲にして一人で頑張ってきた。それだけではない。常に見下され、生活費すら渡されず、それでも家事育児は私がやって当然とされてきた。
私は、そうやって長年積み重なってきた関係そのものを話したかった。
それなのに、「家事育児をやるのは当然でしょう」の一言で片付けられたような感覚だった。
伝わらないのではなく、最初から聞く気がないのかもしれない。そんな絶望感と虚無感、諦めが静かに広がっていた。
なぜ伝わらなかったのか?
今思えば、背景にある価値観の違いも大きかったのかもしれない。
今の50代以上の世代は、男女で役割が分けられた教育を受けてきた。男子は技術、女子は家庭科。男性は外で働き、女性は家庭を支える。そんな価値観のど真ん中で育ってきた世代でもある。
それでも、なぜ価値観をアップデートできないのか。なぜずっと古い価値観のまま生きているのか。それが私には不思議でならない。
反対に、男女平等の教育を受けてきた世代の男性と話をしていると、価値観の大きな違いに気づくことが多い。
結局、家事と育児は女性がやるものという価値観の中で育った世代には、フルタイムで働く女性が家事育児を一人で背負う苦しさも、その背景にある夫婦関係の歪みも、伝わりにくいのかもしれない。
いや、価値観だけの問題ではないのかもしれない。相手の気持ちを想像するという意識そのものが薄いのかもしれない。
早く本題に入れないの?
当時の私は、モラハラを理解してもらうことを諦め、離婚調停を前に進めたかった。限られた調停時間の中で、離婚理由の話ばかりが続き、本来話し合いたかった財産分与の話には、なかなかたどり着けない。
「早く本題に入れないの?」そんな焦りばかりが大きくなっていた。
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